獅子風蓮のつぶやきブログ

創価を卒業し、組織にしばられず、いろいろ考えたりしたことや、読書感想などを書いています。

小林至『アメリカ人はバカなのか』を読む その43

別のところ(獅子風蓮の青空ブログ)で、こんな記事を書きました。

柳原滋雄氏のブログより その17 トランプはサイコパスなのか?(2025-11-25)

「妙法のジャーナリスト」柳原滋雄氏は、トランプ大統領を「サイコパス」だと断定しています。

私も、トランプは極めて問題の多い人物だと思っています。
しかし、それが厳密な意味で「サイコパス」と言い切れるかどうかは、自信がありません。
ノーベル平和賞を無邪気に欲しがってみせたり、子どもじみて愚かな人物だとは思うのですが、そんな人物を大統領に選んだアメリカ国民の多くの人々に対する失望の方が大きいかもしれません。

アメリカ人って、バカなの?

そして、探してみたら、そのものズバリのタイトルの本を見つけました。

小林至『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎文庫、2003年)

 

アメリカ人は「自由」という言葉をことさら好むが、これは「勝者は敗者に何をしてもよい」という自由だった!すさまじい拝金主義、はびこる人種差別、世界一高い医療費、割り算のできない学生がいっぱいの名門コロンビア大、年々広がる貧富の格差、銃を野放する殺しあい社会…なのに、そんな自国が大好きなアメリカ人を、冷静に論じた快著。

 

かいつまんで紹介したいと思います。

 

『アメリカ人はバカなのか』

□まえがき
□第1章 誰のための好況か?
□第2章 危機に瀕するデモクラシー
■第3章 米国は平等なのか?
 ■決して模範的とはいえない訴訟社会
  □犬も歩けば弁護士に当たる?
  □「そんなバカな!」ことが通用するから恐ろしい
  □法は牙、裁判は爪
  □プロスポーツ界で甘い汁を吸う弁護士
  □ファン軽視で人気も落ち始めた
  □法律という名の暴力
  □いくらあっても足りない弁護士費用
  ■もはや悪でしかない陪審員制度
  ■弁護士次第でどうにでもなる
  □対日感情に判決が左右されることも
  □愛煙家が犯罪者になる日も近い?
  □「煙草訴訟は金になる」
  □木を見て森を見ない法体系
  □法廷中継はドラマよりも奇なり?
 □消えぬ人種差別

□第4章 「一人勝ち」の代償
□番外編 リストラ体験レポート

 


第3章 米国は平等なのか?
――実験国家のルールと構造

決して模範的とはいえない訴訟社会

もはや悪でしかない陪審員制度

そうなる理由であり、公正な裁判を妨げる最大の障害が陪審員制度です。無作為に抽出された市民(通常12名)が裁判に立ち会い、有罪か無罪かの評決を行う。つまり、国は、誰であろうと、どんな犯罪であれ、有罪にする権限は持たず、国の主権者たる市民の代表が裁くのが陪審員制度です。
これまで二度ほど、陪審員の召喚を受けたことがあります。いずれも、ダイレクト・メールに似た封筒で送られてきました。外国人はできないことになっていますので、そもそも、どうして私のところに召喚の手紙が来るのか不思議でしたが、どうやら納税者にはランダムに送られている模様で、他にも召喚状を受け取った外国人は山ほどいました。いずれも、返信用葉書に、できない理由(外国人だから)と、電話番号、署名を記入して返送しました。この陪審員制度、無作為に選ばれた一般市民から成る一団だけに評決の権利を与えることによって、政府の権力濫用を防ぐというのが、その成り立ちです。その精神自体は立派なものですが、しかし、これは実に頼りない制度です。土台、有罪か無罪か、生か死か、そのすべてを決定する役割を担っているのが素人だというのは、怖い話です。しかも、社会常識を身に付けた“まともな”市民が陪審員をしない場合がほとんどなのです。
陪審員のなり手は少なくなる一方です。それは、陪審員の報酬が、一日わずか5ドルプラス交通費(ガソリン代)なのが理由の一つ。もう一つは、陪審員選定作業のために候補者は、裁判所内の控室に1ヶ月も2カ月も通うことになるためです。
必然的に、陪審員は、暇を持て余した人間、もしくは一日5ドルでも必要としている人間で、占められてしまいます。実際、7年弱の在米生活で様々な米国人を見てきましたが、陪審員に複数回なった人間で、普通の人を見たことがありません。
しかも、O・J・シンプソン裁判などのように、マスコミが注目する裁判では、裁判所の命令で、陪審員は外界との接触を断たねばなりません。そのため、強制的にホテルやモーテルに隔離されてしまうのです。陪審員は、他の陪審員を含む、第三者と話し合うことを禁止され、テレビ・ニュースを見たり、新聞を読むことすら制限されます。市民が忌避したがるのも、当然なのです。
実際、忙しく働いている人々は、陪審員になることを可能なかぎり避けます。ただ、人生で一度は召喚に応じなければならないので、彼らは一日で終わりそうな、小さな事件を選んで応じるのです。
もう一つ、被告側は陪審員選定の過程で、とくに理由を明確にしなくても、12人までなら、候補者を正式な陪審員から外す(専断的忌避)ことができます。ということは、自軍の不利になりそうな人間を排除できるということです。
O・J・シンプソン裁判もそうでした。まず、シンプソンの弁護団は、審理を黒人居住者の多い地域で行うよう要求しました。何人もの殺人容疑者を無罪にした伝説の弁護士F・リー・ベイリー、「黒を白に変える男」ロバート・シャピローに、黒人ナンバーワンの知名度を誇るジョニー・コクランを擁するドリーム弁護団ですから、このくらいは朝飯前です。そして、陪審員12人中9人を黒人とすることに成功しました。
裁判の進め方も見事なものでした。「殺ったか、否か」を問うはずの裁判を、多彩なレトリックをもって人種問題にすり替え、無罪を勝ち取ってしまったのです。刑事陪審員制は、検事側の控訴を認めていないので、これでシンプソンは無罪放免となりました。
真相は藪の中で知る由もありませんが、続いて行われた民事訴訟では、「殺害の責任あり」との評決、遺族に3350万ドルの賠償金支払いを命じられています。「殺害の責任」とは婉曲的な表現ですが、要するに「お前が殺した」ということで、刑事裁判とはまったく逆の結論が出たわけです。
私の友人に、ニューヨーク州のロングアイランドで刑事弁護士をしている人間がいます。彼は、大多数の弁護士同様それだけでは生計を立てることができず、英語教師をバイトにしています(それがそもそも知己を得たきっかけなのですが)。その彼に、O・J・シンプソン事件の感想を問うた時、こう答えました。
「被告側にとって、資金と候補者のリサーチさえ万全なら、陪審員一人ひとりを説得していくのは、たやすいこと。そのリサーチは、住所、家族、経済状況まで、細部にわたり、そのデータを元に、買収や脅迫を行うこともためらわない」


弁護士次第でどうにでもなる

早い話が、弁護士次第でどうにでもなるわけです。こんな話があります。ある日本人女性がアメリカ人の夫から離婚を申し立てられました。若い夫婦で、財産の分配に関してはいっさい問題がなかったのですが、子供の親権で揉めました。
敏腕の弁護士を雇った夫側はいろいろ工作をして、裁判官に、子供の親権を一時的に夫側に渡させることに成功しました。それでも、子供の親権に関しては通常、女性側のほうが圧倒的に有利ですから、当然、判決を覆すよう動くと思っていたところ、彼女側の弁護士は「勝ち目なし」とそのまま引き下がることを提案しました。
彼女は弁護士を解雇し、闘ってくれそうな弁護士に依頼しました。新しい弁護士は、裁判官に人種偏見による言動の事実あり、として裁判官の忌避を求め、それを認めた裁判官にこの件から身を引かせた上、判決をも撤回させることに成功したのです。

 

 


解説

公正な裁判を妨げる最大の障害が陪審員制度です。無作為に抽出された市民(通常12名)が裁判に立ち会い、有罪か無罪かの評決を行う。つまり、国は、誰であろうと、どんな犯罪であれ、有罪にする権限は持たず、国の主権者たる市民の代表が裁くのが陪審員制度です。

 

アメリカの陪審員制度がこんなにひどいものとは知りませんでした。

日本でも、アメリカを見習って同様の制度(裁判員制度)を導入しましたが、弊害は生じていないのでしょうか。

 

獅子風蓮

小林至『アメリカ人はバカなのか』を読む その42

別のところ(獅子風蓮の青空ブログ)で、こんな記事を書きました。

柳原滋雄氏のブログより その17 トランプはサイコパスなのか?(2025-11-25)

「妙法のジャーナリスト」柳原滋雄氏は、トランプ大統領を「サイコパス」だと断定しています。

私も、トランプは極めて問題の多い人物だと思っています。
しかし、それが厳密な意味で「サイコパス」と言い切れるかどうかは、自信がありません。
ノーベル平和賞を無邪気に欲しがってみせたり、子どもじみて愚かな人物だとは思うのですが、そんな人物を大統領に選んだアメリカ国民の多くの人々に対する失望の方が大きいかもしれません。

アメリカ人って、バカなの?

そして、探してみたら、そのものズバリのタイトルの本を見つけました。

小林至『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎文庫、2003年)

 

アメリカ人は「自由」という言葉をことさら好むが、これは「勝者は敗者に何をしてもよい」という自由だった!すさまじい拝金主義、はびこる人種差別、世界一高い医療費、割り算のできない学生がいっぱいの名門コロンビア大、年々広がる貧富の格差、銃を野放する殺しあい社会…なのに、そんな自国が大好きなアメリカ人を、冷静に論じた快著。

 

かいつまんで紹介したいと思います。

 

『アメリカ人はバカなのか』

□まえがき
□第1章 誰のための好況か?
□第2章 危機に瀕するデモクラシー
■第3章 米国は平等なのか?
 ■決して模範的とはいえない訴訟社会
  □犬も歩けば弁護士に当たる?
  □「そんなバカな!」ことが通用するから恐ろしい
  □法は牙、裁判は爪
  □プロスポーツ界で甘い汁を吸う弁護士
  □ファン軽視で人気も落ち始めた
  □法律という名の暴力
  ■いくらあっても足りない弁護士費用
  □もはや悪でしかない陪審員制度
  □弁護士次第でどうにでもなる
  □対日感情に判決が左右されることも
  □愛煙家が犯罪者になる日も近い?
  □「煙草訴訟は金になる」
  □木を見て森を見ない法体系
  □法廷中継はドラマよりも奇なり?
 □消えぬ人種差別

□第4章 「一人勝ち」の代償
□番外編 リストラ体験レポート

 


第3章 米国は平等なのか?
――実験国家のルールと構造

決して模範的とはいえない訴訟社会

いくらあっても足りない弁護士費用

弁護料は経験によって違いますが、若い未経験の弁護士でも1時間100ドル以上は取ります。高い弁護士になると、1時間500ドルにも達します。10年以上の経験があれば最低200ドルはみなければいけません。弁護料は簡単なケースでも、難しいケースでも同じで、違うのは時間です。簡単なケースの場合は最低5時間分、難しいケースになると、最低20時間かかると、ニューヨーク州ブルックリンで弁護士を営む私の友人はいっていました。実際、20時間程度は簡単に経ちます。法律事務所に行けば、弁護士と対面した時から、話が終わり、部屋を出て、「さよなら」をいうまでの時間。また、電話をすれば、弁護士が電話に出てから電話を切るまでの時間。クライアントからの電話はもちろん、関係者からの電話に応対した場合、たとえば、友人などが心配して弁護士に電話で経過などを聞いてもその時間丸ごと。チャージの仕方はそれぞれの法律事務所で違いますが、だいたいが四捨五入方式で、16分話したら、20分になります。
これを喩えて「パーキングメーターと同じ」と米国人はよくいいますが、いい得て妙だと思います。お天気の話や、子供の話などしている時間も間違いなしに時計は動いているというわけです。問題を抱えているから弁護士を頼るのであり、そういう時は愚痴の一つも聞いてほしくなるものですが、そうはいきません。一時間300ドル取る弁護士であれば、10分で50ドルのチャージですから。
ただケースによっては、一定額で、このケースはいくら、とはっきりしている場合もあります。たとえば、離婚協議、または離婚調停の場合は3000~6000ドルが相場となっています。途中で話がこじれた場合は高くなる可能性はある、と初めに申し渡されますが。通常の弁護の場合ですと、弁護士はいわゆるコンサルティング(相談)の段階として、最初のミーティングのお金は取りません。が、依頼した途端にリテイナー(Retainer) と呼ばれる依頼料を請求します。一般に、全部にかかるであろう費用の何パーセントまたは、1カ月分を前払いで要求します。弁護士は、このリテイナーを受け取るまで仕事を始めません。この前払い額を超えそうになると、光の速さで明細書が送られてきて、追加の支払いを要求されます。
もう一つ、コンティンジェンシー (Contingency) と呼ばれるものもあります。これは、弁護料をクライアントから取らず、「一件落着」または、「勝訴」した時点で相手側から勝ち取った額の何パーセント(通常は30%)プラス経費が弁護料です。
この場合は、依頼され、引き受けた時点で契約書にサインすることになります。この契約書に「弁護費用と経費」に関して細かく書かれています。ただ、この場合は、弁護士が経費を自前で支払うことになり、勝訴できなければ、経費も戻ってこないので、この方式で仕事を引き受けるケースは勝てて、かつお金が取れることが条件となります。
たとえば、交通事故で相手の非で車が大破し、怪我をした場合、相手側がちゃんとした保険に入っていない上、財産がない場合、勝ってもお金が取れないので、弁護士はコンティンジェンシーでは引き受けないのです。
また、勝訴しても取れる額が大した額でない場合も躊躇します。とくに時間がかかりそうな事件の場合は、面倒がって受けない。いい換えると、コンティンジェンシーで訴訟を受けてくれる場合は勝訴できる可能性が非常に高いといえます。
経費の中には、コピー代、メッセンジャー・サービス代なども入っています。これがまた、ゴルフ場でゴルフ道具を買うようなものといいますか、球場でビールを買うようなものといいますか、高い。クライアントが持ってきた書類でコピーが必要なものをコピーした場合、一枚最低25セントです。弁護士に見せたい書類、弁護士事務所に持っていく書類はすべてコピーをしていかないとどつぼにはまります。
訴訟するかまたはされる場合にかかる期間は最低2年。平均が3年なので、弁護料だけで1年に優に20万ドルはかかります。ある大手の日系企業の場合、3年間で弁護料と訴訟の経費で約1000万ドルかかったそうです。これでも裁判の直前に示談となったので、裁判になった場合の半額で済んだそうです。
さて、刑事裁判と民事裁判の違いは、刑事裁判では有罪か無罪が決まりますが、民事裁判では賠償額を決めます。刑事裁判と民事裁判が、逆の判決を出すこと自体は、珍しいことではありません。これは後で詳しく触れますが、O・J・シンプソン裁判も、服部剛丈君射殺事件も刑事と民事でまったく逆の判決が出ました。

 

 


解説

アメリカで訴訟を起こす場合の費用の話ですが、興味深いです。

アメリカでも、経済力のない庶民は弁護士に依頼することが困難なのですね。

 

獅子風蓮

小林至『アメリカ人はバカなのか』を読む その41

別のところ(獅子風蓮の青空ブログ)で、こんな記事を書きました。

柳原滋雄氏のブログより その17 トランプはサイコパスなのか?(2025-11-25)

「妙法のジャーナリスト」柳原滋雄氏は、トランプ大統領を「サイコパス」だと断定しています。

私も、トランプは極めて問題の多い人物だと思っています。
しかし、それが厳密な意味で「サイコパス」と言い切れるかどうかは、自信がありません。
ノーベル平和賞を無邪気に欲しがってみせたり、子どもじみて愚かな人物だとは思うのですが、そんな人物を大統領に選んだアメリカ国民の多くの人々に対する失望の方が大きいかもしれません。

アメリカ人って、バカなの?

そして、探してみたら、そのものズバリのタイトルの本を見つけました。

小林至『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎文庫、2003年)

 

アメリカ人は「自由」という言葉をことさら好むが、これは「勝者は敗者に何をしてもよい」という自由だった!すさまじい拝金主義、はびこる人種差別、世界一高い医療費、割り算のできない学生がいっぱいの名門コロンビア大、年々広がる貧富の格差、銃を野放する殺しあい社会…なのに、そんな自国が大好きなアメリカ人を、冷静に論じた快著。

 

かいつまんで紹介したいと思います。

 

『アメリカ人はバカなのか』

□まえがき
□第1章 誰のための好況か?
□第2章 危機に瀕するデモクラシー
■第3章 米国は平等なのか?
 ■決して模範的とはいえない訴訟社会
  □犬も歩けば弁護士に当たる?
  □「そんなバカな!」ことが通用するから恐ろしい
  □法は牙、裁判は爪
  □プロスポーツ界で甘い汁を吸う弁護士
  □ファン軽視で人気も落ち始めた
  ■法律という名の暴力
  □いくらあっても足りない弁護士費用
  □もはや悪でしかない陪審員制度
  □弁護士次第でどうにでもなる
  □対日感情に判決が左右されることも
  □愛煙家が犯罪者になる日も近い?
  □「煙草訴訟は金になる」
  □木を見て森を見ない法体系
  □法廷中継はドラマよりも奇なり?
 □消えぬ人種差別

□第4章 「一人勝ち」の代償
□番外編 リストラ体験レポート

 


第3章 米国は平等なのか?
――実験国家のルールと構造

決して模範的とはいえない訴訟社会

法律という名の暴力

大統領(クリントン)、そしてその夫人も弁護士であることは、訴訟社会・米国を象徴しています。つまり、米国人の社会活動の隅から隅まで弁護士が押さえているという。その基本は、「契約」で、「契約破棄と、相手に損害賠償請求訴訟を起こさせるのでは、どちらが金が儲かるか」を常に念頭に置いて物事を運ぶのが常套手段です。契約違反者が損害賠償をすればいいという現実主義は、企業同士の闘いの時は、白黒はっきりつく分、むしろすっきりとしていい面も多々あり、勝手にやってくれという思いもあります。
ところが、獰猛な弱肉強食が是の国ですから、個人など弱い相手を見つけて、ぼったくりバーまがいの行動をとるから、困ったものです。
私の女房が出産した時も、この国の法律の暴力を垣間見ました。病院に一歩足を踏み入れた瞬間から退院まで、もしトラブルがあったら、すべてこちらに責任転嫁されるように、書類責めでがんじがらめになっているのです。
病院に到着するなり分厚い書類を渡され、すべてに署名するよう要求されます。ルーペが必要なほど細かい字で両面にびっしり書いてあります。しかも難解な法律用語、医学用語のオン・パレード。「これ本当に英語か?」と担当者に問うと、「違う」と笑いながら、「私は生粋のアメリカ人で、この仕事(病院関係)を長年やっているが、その文章は理解できな い」と続けました。
ところがずるいことに、「では読まずに署名しろというのか?」と聞くと、「大事な内容だから」と答えるのです。仕方ないから、私は、女房が分娩台でうなっている横で、それも真夜中に、せっせと紙に署名していました。内容は、麻酔から点滴、赤ん坊の取り出し、予防接種まで、それこそ一挙手一投足に関して「この治療には×△%、失敗する可能性があります。万が一、そうなった場合、いっさい責任を負わない」というものがその大半を占めました。

 

 


解説

私の女房が出産した時も、この国の法律の暴力を垣間見ました。病院に一歩足を踏み入れた瞬間から退院まで、もしトラブルがあったら、すべてこちらに責任転嫁されるように、書類責めでがんじがらめになっているのです。
病院に到着するなり分厚い書類を渡され、すべてに署名するよう要求されます。ルーペが必要なほど細かい字で両面にびっしり書いてあります。しかも難解な法律用語、医学用語のオン・パレード。

 

日本でも、最近ではこういう傾向が出てきつつあります。

 

 

獅子風蓮

小林至『アメリカ人はバカなのか』を読む その40

別のところ(獅子風蓮の青空ブログ)で、こんな記事を書きました。

柳原滋雄氏のブログより その17 トランプはサイコパスなのか?(2025-11-25)

「妙法のジャーナリスト」柳原滋雄氏は、トランプ大統領を「サイコパス」だと断定しています。

私も、トランプは極めて問題の多い人物だと思っています。
しかし、それが厳密な意味で「サイコパス」と言い切れるかどうかは、自信がありません。
ノーベル平和賞を無邪気に欲しがってみせたり、子どもじみて愚かな人物だとは思うのですが、そんな人物を大統領に選んだアメリカ国民の多くの人々に対する失望の方が大きいかもしれません。

アメリカ人って、バカなの?

そして、探してみたら、そのものズバリのタイトルの本を見つけました。

小林至『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎文庫、2003年)

 

アメリカ人は「自由」という言葉をことさら好むが、これは「勝者は敗者に何をしてもよい」という自由だった!すさまじい拝金主義、はびこる人種差別、世界一高い医療費、割り算のできない学生がいっぱいの名門コロンビア大、年々広がる貧富の格差、銃を野放する殺しあい社会…なのに、そんな自国が大好きなアメリカ人を、冷静に論じた快著。

 

かいつまんで紹介したいと思います。

 

『アメリカ人はバカなのか』

□まえがき
□第1章 誰のための好況か?
□第2章 危機に瀕するデモクラシー
■第3章 米国は平等なのか?
 ■決して模範的とはいえない訴訟社会
  □犬も歩けば弁護士に当たる?
  □「そんなバカな!」ことが通用するから恐ろしい
  □法は牙、裁判は爪
  □プロスポーツ界で甘い汁を吸う弁護士
  ■ファン軽視で人気も落ち始めた
  □法律という名の暴力
  □いくらあっても足りない弁護士費用
  □もはや悪でしかない陪審員制度
  □弁護士次第でどうにでもなる
  □対日感情に判決が左右されることも
  □愛煙家が犯罪者になる日も近い?
  □「煙草訴訟は金になる」
  □木を見て森を見ない法体系
  □法廷中継はドラマよりも奇なり?
 □消えぬ人種差別

□第4章 「一人勝ち」の代償
□番外編 リストラ体験レポート

 


第3章 米国は平等なのか?
――実験国家のルールと構造

決して模範的とはいえない訴訟社会

ファン軽視で人気も落ち始めた

それでも、その天文学的な年俸に少しでも見合うよう、プレーの質の向上やファン・サービスに努めるならまだいいのですが、オーナー側からサラリー・キャップ(年俸上昇に歯止めをかける案)でも提案されるや否や、シーズン中だろうがお構いなしに、ファンを無視してストライキに入ってしまうから、なお性質が悪い。こうした動きの後ろにいるのは、またもや弁護士です。選手側の代表も、オーナー側の代表も弁護士。弁護士として成功する条件は、正義感でも公正でもありません。自分のクライアントのために、敵を見つけ出し、その相手から、金でも条件でも、いかに多くのものをせしめるかが、評価の対象となるのです。1994年のストライキもまったくそうでした。長期低落傾向にあった大リーグが、 下馬評では「最下位も」といわれていた落日の名門球団ニューヨーク・ヤンキースの奇跡的快進撃などで、久々に活気を取り戻しつつあったのです。
ところが、先に挙げたサラリー・キャップを含む労使交渉が決裂して、ストライキ。ファンからの怒りの抗議文で連盟の一室が埋まり、大統領まで仲介に入りました。これだけ世論のプレッシャーがかかったわけですから、選手対オーナー連が、直に話し合いの場を持ったならば、「ファンがいてこそのプロ・スポーツ」と、理性に基づいた人間らしい判断を下して落としどころを見つけられたに違いありません。
しかし、弁護士を絡めるとそうはいきません。「敵か味方か」だけが問題ですから、ファンなどお構いなしです。結局、第二次世界大戦中ですら中断されなかった歴史を持つワールド・シリーズが開催されなかったという、野球史上に、大きな汚点を残すことになったのです。その後、99年までは94年並の観客動員を回復するには至っていません。マーク・マグワイアとサミー・ソーサのホームラン合戦という何十年に一度の神風が吹いたにもかかわらず。
ストライキ以来、代理人はますますその力を強め、選手の平均年俸もストライキがあった94年当時の倍近く、200万ドルを超えるまでに跳ね上げることに成功、オーナーはそのつけを、入場料引き上げで賄っているという、泥沼にはまり込んでいます。
本来、逆であるべきで、選手、特に何百万ドルも貰っているスーパースターが、年俸カットまたは据え置きで、オーナーは入場料引き下げで、ファンへの詫びの気持ちを態度で示さねばいけないところです。しかし、弁護士が絡みついた業界では、そういう浪花節は決してありません。弁護士に骨にまで食いつかれてしまって、二進も三進もいかないのです。
1999年に行われたNBAオーナーのロックアウトも同じです。平均260万ドルのスーパー・リッチ軍団と、これまたスーパー・リッチのオーナー連が、お互い弁護士を立てて、開幕からシーズンの半分近くを潰したわけです。そして、ようやくストが明けてみると、視聴率は、最盛期の五割減でした。カリーム・アブドゥラ・ジャバー、マジック・ジョンソン、ラリー・バードと続き、マイケル・ジョーダンでその絶頂を迎えたNBAは、元のマイナー・スポーツに戻ってしまったのです。

 

 


解説

それでも、その天文学的な年俸に少しでも見合うよう、プレーの質の向上やファン・サービスに努めるならまだいいのですが、オーナー側からサラリー・キャップ(年俸上昇に歯止めをかける案)でも提案されるや否や、シーズン中だろうがお構いなしに、ファンを無視してストライキに入ってしまうから、なお性質が悪い。こうした動きの後ろにいるのは、またもや弁護士です。選手側の代表も、オーナー側の代表も弁護士。弁護士として成功する条件は、正義感でも公正でもありません。自分のクライアントのために、敵を見つけ出し、その相手から、金でも条件でも、いかに多くのものをせしめるかが、評価の対象となるのです。

 

アメリカの大リーグでは、そんなストライキがあったのですね。

それでは、ファンが離れていくのは当然でしょう。

 

 

獅子風蓮

小林至『アメリカ人はバカなのか』を読む その39

別のところ(獅子風蓮の青空ブログ)で、こんな記事を書きました。

柳原滋雄氏のブログより その17 トランプはサイコパスなのか?(2025-11-25)

「妙法のジャーナリスト」柳原滋雄氏は、トランプ大統領を「サイコパス」だと断定しています。

私も、トランプは極めて問題の多い人物だと思っています。
しかし、それが厳密な意味で「サイコパス」と言い切れるかどうかは、自信がありません。
ノーベル平和賞を無邪気に欲しがってみせたり、子どもじみて愚かな人物だとは思うのですが、そんな人物を大統領に選んだアメリカ国民の多くの人々に対する失望の方が大きいかもしれません。

アメリカ人って、バカなの?

そして、探してみたら、そのものズバリのタイトルの本を見つけました。

小林至『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎文庫、2003年)

 

アメリカ人は「自由」という言葉をことさら好むが、これは「勝者は敗者に何をしてもよい」という自由だった!すさまじい拝金主義、はびこる人種差別、世界一高い医療費、割り算のできない学生がいっぱいの名門コロンビア大、年々広がる貧富の格差、銃を野放する殺しあい社会…なのに、そんな自国が大好きなアメリカ人を、冷静に論じた快著。

 

かいつまんで紹介したいと思います。

 

『アメリカ人はバカなのか』

□まえがき
□第1章 誰のための好況か?
□第2章 危機に瀕するデモクラシー
■第3章 米国は平等なのか?
 ■決して模範的とはいえない訴訟社会
  □犬も歩けば弁護士に当たる?
  □「そんなバカな!」ことが通用するから恐ろしい
  □法は牙、裁判は爪
  ■プロスポーツ界で甘い汁を吸う弁護士
  □ファン軽視で人気も落ち始めた
  □法律という名の暴力
  □いくらあっても足りない弁護士費用
  □もはや悪でしかない陪審員制度
  □弁護士次第でどうにでもなる
  □対日感情に判決が左右されることも
  □愛煙家が犯罪者になる日も近い?
  □「煙草訴訟は金になる」
  □木を見て森を見ない法体系
  □法廷中継はドラマよりも奇なり?
 □消えぬ人種差別

□第4章 「一人勝ち」の代償
□番外編 リストラ体験レポート

 


第3章 米国は平等なのか?
――実験国家のルールと構造

決して模範的とはいえない訴訟社会

プロスポーツ界で甘い汁を吸う弁護士

かつて大リーグ観戦は、映画と並んで、庶民の楽しみでした。大人10ドル、子供5ドル程度の入場料を支払って、大人はビール、子供は清涼飲料水を飲みながら、ポップコーンやホット・ドッグをつまむ。家族4人で50ドルもあれば、一日楽しめました。私が渡米した当初の94年でも、それほど安くはありませんでしたが、まだ、その名残は感じることができ、巨人戦でも観戦しようものなら、一人1万円近くを覚悟しなければならない日本プロ野球のバカげた入場料を思い出しながら、さすが本場と感心したものです。
ところが今は違います。入場料は20ドル(大人)を超え、ほんの2ドル前後で買えたビールは7ドル前後、2ドルも出せばお釣りがきたホット・ドッグが4ドルを超えることも珍しくありません。家族4人で行けば、外野席でも150ドルは覚悟しなければいけません。それでも大リーグはまだよいほうです。バスケットボール(NBA)、ホッケー(NHL)、フットボール(NFL)をスタジアム観戦するのは、とうの昔に庶民の娯楽ではなくなっていました。いずれも、家族4人で出掛ければ、プレーしているのは屈強な大男が豆粒ほどにしか見えない席でも、500ドルの出費を覚悟しなければなりませんから。
プロ・スポーツ観戦が、庶民の手から離れてしまったのは、選手の給料が急上昇したからです。その急上昇の陰にあるのが代理人の存在です。そして代理人の多くは弁護士です。団野村のような弁護士資格を持たぬ者はむしろ少数派です。というのも、契約は、法律用語のオン・パレードでして、細部にそして多岐にわたり、そこでは、お互いが自分に有利なように抜け道を作ろうとしながらも、相手のそれを見破っていく、まさに、詭弁とレトリックの総力戦だからです。
だから、団野村のように弁護士資格を持たない人間ですと、選手の斡旋、マネージャー、通訳まではできても、契約書にサインする段階では、新たに弁護士を立てなければならないので、費用も労力も二度手間になるのです。ただ、野茂英雄、伊良部秀輝のどちらのケースでも、野球協約の盲点を突いてまんまと逃げ切ったのは、弁護士顔負けの辣腕ぶりでしたが。大リーグでは、選手は6年間メジャー・リーグでプレーすれば、フリー・エージェント(以下FA)になりますが、一つのチームで競技人生をまっとうしようとFA残留する選手などはまずいません。皆、外に出ていきます。
大リーグの各球団というのは、その金の流れが地元で完結する地場産業でして、ファンにとっては自分達と共に成長する「おらが町のスター」が非常に大事な存在なのです。選手も、そのくらいのことは分かります。しかし、FAのために、「おらが町のスター」はもう遠い昔の話になってしまいました。選手を市場に出すことによって、その代理人はおいしい思いをたくさんできるからです。
どういうことかといいますと、株式ブローカーにとって頻繁に売買してくれる客が最も良いお客なのと同じように、チームを頻繁に替えてくれる選手は、代理人にとって仕事の機会が増えることになるわけです。また、FAによって選手の価格が釣り上がるということは、自分の仲介料も大幅に増加します。FA施行前の1976年、大リーグ選手の平均年俸は5万ドルで、一般庶民との差は6倍でした。しかし、それが今シーズンは200万ドルを超え、一般市民との格差は55倍に広がっています。
一つのチームで野球人生をまっとうする選手は、トニー・グウィン(サンディエゴ)が恐らくDH制のあるアメリカン・リーグに行くでしょうから、カル・リプケン(ボルティモア)で最後になるでしょう。

 

 


解説

プロ・スポーツ観戦が、庶民の手から離れてしまったのは、選手の給料が急上昇したからです。その急上昇の陰にあるのが代理人の存在です。そして代理人の多くは弁護士です。……

(中略)
どういうことかといいますと、株式ブローカーにとって頻繁に売買してくれる客が最も良いお客なのと同じように、チームを頻繁に替えてくれる選手は、代理人にとって仕事の機会が増えることになるわけです。また、FAによって選手の価格が釣り上がるということは、自分の仲介料も大幅に増加します。FA施行前の1976年、大リーグ選手の平均年俸は5万ドルで、一般庶民との差は6倍でした。しかし、それが今シーズンは200万ドルを超え、一般市民との格差は55倍に広がっています。

 

サッカー・ワールドカップの観戦料も非常に高額となっていますね。

おそらく、ここで言われているトレンドはその後も続いているのでしょう。

 

 

獅子風蓮

小林至『アメリカ人はバカなのか』を読む その38

別のところ(獅子風蓮の青空ブログ)で、こんな記事を書きました。

柳原滋雄氏のブログより その17 トランプはサイコパスなのか?(2025-11-25)

「妙法のジャーナリスト」柳原滋雄氏は、トランプ大統領を「サイコパス」だと断定しています。

私も、トランプは極めて問題の多い人物だと思っています。
しかし、それが厳密な意味で「サイコパス」と言い切れるかどうかは、自信がありません。
ノーベル平和賞を無邪気に欲しがってみせたり、子どもじみて愚かな人物だとは思うのですが、そんな人物を大統領に選んだアメリカ国民の多くの人々に対する失望の方が大きいかもしれません。

アメリカ人って、バカなの?

そして、探してみたら、そのものズバリのタイトルの本を見つけました。

小林至『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎文庫、2003年)

 

アメリカ人は「自由」という言葉をことさら好むが、これは「勝者は敗者に何をしてもよい」という自由だった!すさまじい拝金主義、はびこる人種差別、世界一高い医療費、割り算のできない学生がいっぱいの名門コロンビア大、年々広がる貧富の格差、銃を野放する殺しあい社会…なのに、そんな自国が大好きなアメリカ人を、冷静に論じた快著。

 

かいつまんで紹介したいと思います。

 

『アメリカ人はバカなのか』

□まえがき
□第1章 誰のための好況か?
□第2章 危機に瀕するデモクラシー
■第3章 米国は平等なのか?
 ■決して模範的とはいえない訴訟社会
  □犬も歩けば弁護士に当たる?
  ■「そんなバカな!」ことが通用するから恐ろしい
  ■法は牙、裁判は爪
  □プロスポーツ界で甘い汁を吸う弁護士
  □ファン軽視で人気も落ち始めた
  □法律という名の暴力
  □いくらあっても足りない弁護士費用
  □もはや悪でしかない陪審員制度
  □弁護士次第でどうにでもなる
  □対日感情に判決が左右されることも
  □愛煙家が犯罪者になる日も近い?
  □「煙草訴訟は金になる」
  □木を見て森を見ない法体系
  □法廷中継はドラマよりも奇なり?
 □消えぬ人種差別

□第4章 「一人勝ち」の代償
□番外編 リストラ体験レポート

 


第3章 米国は平等なのか?
――実験国家のルールと構造

決して模範的とはいえない訴訟社会

「そんなバカな!」ことが通用するから恐ろしい

では、そもそもなぜ、訴訟がこれほど頻発するのでしょうか。今となっては、過剰生産された弁護士が、常にその機会をうかがっているからですが、元を辿れば、米国という国家の成立上、必要不可欠だった「文書主義」にその原因があると思います。
言葉や文化の違う人間が共同で作業を行う米国では、個人の常識や慣習に基づいて行動すると、とんでもないことになる恐れがあるものですから、どうしてもルールはすべて文書化しなければいけなかったわけです。
そして何かあった時は、すべてそのルールブック(法律)に照らし合わせます。そこに成文化されていなければ、話し合いで解決できないので、仕方がないから新たに文書化(法制化)することになります。
その作業を200年以上にわたって積み重ねた結果、法律は多岐にそして細部に及んでいきました。結果、弁護士は専門化せざるを得ず、それに伴いたくさんの弁護士が必要になるというわけです。電話帳による専門分野分けのリストでも、 Attorneys の欄はさらに細かいカテゴリーでリストされています。
しかし、網の目をいくら小さくしてもザルはザルです。換言すれば、土台、米国には、伝統や慣習などの社会全体を大きく緩やかに包む最後の拠りどころがないわけです。だから、抜け道を探す人間がいて、その抜け穴を塞ぐいたちごっこが永遠に続くのです。むしろ新たな法律と共にその抜け穴ができるから、訴訟の数は増える一方というわけです。もう一度ザルに喩えると、同じサイズなら、網の目が小さくなる分、数が増えるということです。
結果、常識では考えられない訴訟が頻発しているのが米国です。
たとえば、盗みに入った家で、ローラー・スケートを踏んで怪我をした泥棒が、その家を訴え、勝訴した話。マクドナルドのコーヒーを膝の上にこぼして火傷した女性が、同社を訴え290万ドルの賠償金を手に入れた話など、無茶苦茶な訴訟ネタは枚挙に遑がありません。本来、国家とは、ある程度共通の常識や慣習によって統一された人々の集団ですから、文書によって縛る必要はそれほどないはずなのです。日本がまさにそうですし、イギリスでは憲法すら成文化されていません。普通の国では、裁判は、交渉決裂、調停失敗など、話し合いで解決しない場合の最後の手段なのです。しかし、米国は違います。揉めれば、まず“I sue you.”。

 

法は牙、裁判は爪

弁護士が米国を駄目にしてしまった、という議論は、米国内で頻繁に起こり、一般人の間では、「医者と弁護士は悪者」というのが常識化した感があります。もちろん、この批判は高収入に対するやっかみから出た部分もあるだろうし、すべての医者と弁護士が悪者であるわけではありません。むしろ、正義感と使命感に燃えている人のほうが多数派だと思います。しかし、どちらの世界も「太った獲物を捕まえたら骨までしゃぶり尽くす」輩が跳梁跋扈している例があまりに多い。医者の方は、別章をご覧いただくとして、ここでは弁護士が巣食ったために、駄目になった分野の一つ、プロ・スポーツを取り上げます。

 

 


解説

では、そもそもなぜ、訴訟がこれほど頻発するのでしょうか。今となっては、過剰生産された弁護士が、常にその機会をうかがっているからですが、元を辿れば、米国という国家の成立上、必要不可欠だった「文書主義」にその原因があると思います。

(中略)

結果、常識では考えられない訴訟が頻発しているのが米国です。
たとえば、盗みに入った家で、ローラー・スケートを踏んで怪我をした泥棒が、その家を訴え、勝訴した話。……

 

話には聞いていましたが、アメリカでは常識では考えられない訴訟が頻発しているようです。

 

 

獅子風蓮

小林至『アメリカ人はバカなのか』を読む その37

別のところ(獅子風蓮の青空ブログ)で、こんな記事を書きました。

柳原滋雄氏のブログより その17 トランプはサイコパスなのか?(2025-11-25)

「妙法のジャーナリスト」柳原滋雄氏は、トランプ大統領を「サイコパス」だと断定しています。

私も、トランプは極めて問題の多い人物だと思っています。
しかし、それが厳密な意味で「サイコパス」と言い切れるかどうかは、自信がありません。
ノーベル平和賞を無邪気に欲しがってみせたり、子どもじみて愚かな人物だとは思うのですが、そんな人物を大統領に選んだアメリカ国民の多くの人々に対する失望の方が大きいかもしれません。

アメリカ人って、バカなの?

そして、探してみたら、そのものズバリのタイトルの本を見つけました。

小林至『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎文庫、2003年)

 

アメリカ人は「自由」という言葉をことさら好むが、これは「勝者は敗者に何をしてもよい」という自由だった!すさまじい拝金主義、はびこる人種差別、世界一高い医療費、割り算のできない学生がいっぱいの名門コロンビア大、年々広がる貧富の格差、銃を野放する殺しあい社会…なのに、そんな自国が大好きなアメリカ人を、冷静に論じた快著。

 

かいつまんで紹介したいと思います。

 

『アメリカ人はバカなのか』

□まえがき
□第1章 誰のための好況か?
□第2章 危機に瀕するデモクラシー
■第3章 米国は平等なのか?
 ■決して模範的とはいえない訴訟社会
  ■犬も歩けば弁護士に当たる?
  □「そんなバカな!」ことが通用するから恐ろしい
  □法は牙、裁判は爪
  □プロスポーツ界で甘い汁を吸う弁護士
  □ファン軽視で人気も落ち始めた
  □法律という名の暴力
  □いくらあっても足りない弁護士費用
  □もはや悪でしかない陪審員制度
  □弁護士次第でどうにでもなる
  □対日感情に判決が左右されることも
  □愛煙家が犯罪者になる日も近い?
  □「煙草訴訟は金になる」
  □木を見て森を見ない法体系
  □法廷中継はドラマよりも奇なり?
 □消えぬ人種差別

□第4章 「一人勝ち」の代償
□番外編 リストラ体験レポート

 

 


第3章 米国は平等なのか?
――実験国家のルールと構造

決して模範的とはいえない訴訟社会

犬も歩けば弁護士に当たる?

「No Fee & No Costs if no recovery」――勝たなければお代は、いっさい頂きません。
「Aggressive Legal Representation by former state prosecuters」――元検察官による攻めの弁護。
「Bankruptcy may provide you with "a fresh start" Call us NOW」――破産から始まる新たな人生。我々にお任せ下さい。

電話帳で、Attorney (弁護士)の欄をひもとくと、色とりどりの派手な宣伝が、所狭しと並んでいます。オーランド市のイエロー・ページの場合ですと、全1962ページ中、157ページが、弁護士に費やされています。1998年の時点で弁護士の数は90万人を突破しました。その数、日本の60倍弱。実際、職種としては、軍人の170万人に次いで、全米で二番目に多い。
どうして、こんなに大量の弁護士がいるのでしょう。一つには、弁護士の資格を取るのが、容易だからです。ご存知のように、日本で、弁護士の資格を取るのは至難の業、恐らく日本一難しい資格です。司法浪人という言葉は、昔からかなり一般的で、私の友人にも10浪を超す多浪生が数人います。
ところが、米国では、ロースクール(Law School: 法科大学院)に3年通い、各州の試験 (Bar Exam) に合格すれば、それでOK。ロー・スクールに入学するにも、日本でいえば高校入試で必要とされる程度の分析力があれば、それで十分。結果、年間5万人もの弁護士が新たに誕生しているわけです。
日本の法曹界人口は、現在、弁護士、裁判官、検察官を合わせて2万人いません。ところが、米国では、毎年、その3倍近い5万人前後の弁護士が生み出されており、21世紀をむかえる前に100万人を突破することが確実視されています。
この数は、国民270人に1人の割合です。我が国の弁護士数は国民約8000人に1人。これは逆に少なすぎて、増える一方の裁判を処理しきれないとの批判が多いようです。しかし、諸外国を見ても、たとえばフランスでも2000人に1人ですから、米国の弁護士の数が図抜けているのは明らかです。
毎年5万人も増えていれば、同じパイの中で仕事を取り合い、鎬を削るのには限度がありますから、必然的に、「火のないところに煙をたてる」ような真似が行われるようになります。それが、民事訴訟の数、年間1800万件という天文学的数字に結びついているのです。参考のために挙げておくと、日本は、最近急増しているとはいえ、それでも、民事、行政訴訟合わせて200万件に届きません。米国人が、「子供が最初に覚える言葉は “I sue you.”(告訴する)だ」と嘆くわけです。

 

 


解説

どうして、こんなに大量の弁護士がいるのでしょう。一つには、弁護士の資格を取るのが、容易だからです。……

(中略)
毎年5万人も増えていれば、同じパイの中で仕事を取り合い、鎬を削るのには限度がありますから、必然的に、「火のないところに煙をたてる」ような真似が行われるようになります。それが、民事訴訟の数、年間1800万件という天文学的数字に結びついているのです。

 

アメリカは、なぜそういう異常な事態を放置しているのでしょうか。

弁護士の団体としての既得権が侵されない仕組みがあるのでしょうか。

 

 

獅子風蓮