獅子風蓮のつぶやきブログ

創価を卒業し、組織にしばられず、いろいろ考えたりしたことや、読書感想などを書いています。

佐藤優『国家の罠』その65

佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。

まずは、この本です。

佐藤優国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて』

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。

国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
■第4章 「国策捜査」開始
 □収監
 □シベリア・ネコの顔
 □前哨戦
 □週末の攻防
 □クオーター化の原則
 □「奇妙な取り調べ」の始まり
 □二つのシナリオ
 □真剣勝負
 □守られなかった情報源
 □条約課とのいざこざ
 □「迎合」という落とし所
 □チームリーダーとして
 □「起訴」と自ら申し出た「勾留延長」
 □東郷氏の供述
 □袴田氏の二元外交批判
 □鈴木宗男氏の逮捕
 ■奇妙な共同作業
 □外務省に突きつけた「面会拒否宣言」
□第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査
□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。

 


第4章 「国策捜査」開始

奇妙な共同作業

読者にはこれまでの記述で、西村氏が「難しいお客さん」から供述をとる能力に、どれほど長けているかがわかっていただけたと思う。

ある時、西村氏は、
「あなたのカネの流れについて整理したいんだけれど、1995年4月に帰国してから今年(2002年)5月に逮捕されるまでのカネの出入りを教えてくれないか」と聞いてきたことがあった。
検察は無駄なことはしない。この作業から何か新しい事件を作りだしていこうとするであろう。他方、拒否したらどうなるか。検察の能力をもってすれば、私の通帳をチェックして、全く無関係なカネの出入りをつなげて話を作ることなど朝飯前だろう。これには応じることが得策だ。特に私は98年秋以降、外務省と官邸の報償費(機密費)を使っているので、これについては検察にきちんと説明しておく責任があると思っていた。
「うん。いいよ」
私は素直に同意した。
後に西村氏は「あんなに簡単に同意してくれるとは思わなかった」と述べていたが、ここにも私の計算があった。
「正確に作りたいんで、検察庁に押収されている僕の手帳を見せてもらえるとありがたいんだけれど」と要望したのである。
西村氏はこれに同意した。検察官がそう簡単に被疑者の押収されている手帳を見せるとは思っていなかったので、これには私が意外感をもった。
前に申し上げたように、私の記憶術は映像方式である。手帳のちょっとしたシミ、イ ンクの色を変えること、文字の位置を変化させることで、記憶を再現する手掛かりが得られる。独房にノートがあるので、そのノートに別の手掛かりになる記述をすれば、過去の記憶をもういちど正確に整理することができる。
手帳に暗号は一切使っていない。符号(例えば、「NHK」と書いた場合、それは放送局ではなく、クレムリンの友人であるなど。もちろん、これは仮説例で実際に手帳に「NHK」などという記号を用いてはいない)はごく一部しか使っていないが、それも特殊情報のプロが見ない限り、それが符号であるということもわからない仕掛けになっている。
手帳を見て、特に鈴木宗男氏に関する記憶を再整理しておくことが重要だった。この時、記憶を整理する作業をしたからこそ、現在も手帳は東京地方検察庁に押収されたままであるが、私はこの回想録を書くことができるのである。
しかし、一日に定着できる記憶量には限界がある。カネのチェックならば、6時間くらい集中すれば、1週間で終えることができる。しかし、それでは記憶の再現には不十分だ。西村氏は、「カネの動きをできるだけ詳しく知りたい」という。私は「望むところだ。コーヒー代一杯まで思い出したものを盛り込みたい」と答えた。西村氏にとっても大歓迎だった。
二人で方法について相談し、西村氏が外務省の報償費資料から得た入金、会食データのシートを作り、そこに私が手帳を見ながら一日ごとの出金をメモにして渡し、入力するという手法をとった。これならば一日毎の記憶を再生するという私の目的に完全に合致している。
西村氏は、とりあえず01年後半のカネから整理したいと言い出した。第二章で述べ たが、同年9月11日の米国同時多発テロ事件以後、鈴木宗男氏が再起動し、私も再び同氏とともに活発に動くようになった。当然、カネの動きも激しくなる。この辺から何か事件の切っ掛けを掴むことを検察庁は虎視眈々と狙っているようだった。こうして、ゲームが始まった。

ところで、読者は、これまでの記述で、西村氏の鈴木宗男氏に対する呼び方が、当初の「鈴木」という呼び捨てから、「鈴木さん」、「鈴木先生」と変化してきたことに気付いていると思う。逮捕直後、西村氏は、私と鈴木氏を切り離すことに主眼を置いていた。それになによりも、西村氏自身がこれまで特捜部が収集したデータに基づき鈴木宗男氏に対して激しい憎悪をもっていることを隠さなかった。私が鈴木氏と親しいのも、鈴木氏が私に対して人事上の便宜を図り、カネを提供しているからだと確信していた。当初の西村氏の発言をいくつか披露しておこう。
「雑居には移らない方がいいぞ。ヤクザが仕切っているからな。雑居に行くと『お前、宗男の舎弟かっ』て言われるぞ」
「なんで鈴木事務所の差入れなんか受け取るんだよ。あんたまだ公務員だろう。断れ よ」
「鈴木個人はカネをもってないぞ。ここで君が頑張っても、外に出てから面倒なんかみてもらえないぞ」
「鈴木は人情味があるとかいうけれど、僕は大嫌い。計算ズクの人情だし、第一あいつ下品だ」

逮捕から十日ほどたったところで、私と西村氏の間で衝突が起きた。
「近いうちに流れが変わるぞ。鈴木のとこにガサ(家宅捜索)をかけるからな。これで鈴木は泥船になるぞ。君が逃げる最後のチャンスだ」
「いいよ泥船で一緒に沈んでも」
「虚勢を張るな」
「虚勢なんか張っていないよ。本心だよ」
「いいかげんにしろよ。自分のことや自分の将来を考えろ。君は孤立無援なんだぞ。 外務省で君を守っている人はいないんだぞ」
「孤立無援」というのは嘘だ。何人かの仲間は必死で私を守っている。守っているというよりも、真実をそのまま言い続け、検察に迎合していない。
一方で、鈴木氏の前で土下座し、鈴木氏に「浮くも沈むも鈴木大臣といっしょです」という宣言をしたり、鈴木氏の海外出張で文字通り腰巾着、小判鮫のように擦り寄っていた外務省幹部たちが、「鈴木の被害者」として、それこそ涙ながらに鈴木宗男の非道をなじっている姿が走馬燈のように浮かんだ。独房生活が一週間を超えたので、拘禁症候群がでて若干涙もろくなっている。思わず涙がでてきた。
「あんまりだ」
私は泣いた。西村氏がここから私を「落とし」にかかってくるのではないかと身構えた。敵の戦略は、まず私に鈴木氏に対する恨み節を言わせ、次に感情的に切り離し、して検察の「自動販売機」にしていくことだ。もっともこの程度の脅しならば気の弱い私でも耐え抜くことができるだろう。

なぜか西村氏は追及をやめた。
「いいよ、いいよもう。あなたほどの人が涙を見せるのだから鈴木さんにもいいところがきっとあるんだ」
このとき、西村氏は鈴木氏にはじめて「さん」と敬称をつけた。私は涙声で続けた。「拘禁症候群がでているのかもしれない。みっともない姿を晒して申し訳ない。今まで言っていなかったことをはじめて言おう。ある信頼する幹部に呼ばれたことがある。その人とこんなやりとりがあった」
私は幹部との具体的なやりとりを西村氏に説明した。
それは次のようなものだった。
「僕は佐藤君のことをほんとうにレスペクト(尊敬している。こんなことになってしまってほんとうに済まない。世論の流れがこうなっているからどうしようもないんだ。嵐が過ぎるのを待つしかない」
「わかっています。2000年までに日露平和条約が締結できなかったのですから、誰かが責任をとらないとならないのでしょう」
「そういうふうに納得しているのか」
「それしかないでしょう」
「そうなんだろうね。鈴木大臣については、外務省のためにあれだけ尽くしてくれた人なのだから、別の解決法もあったのではないかと思う……。恨んでいるだろうな」
「これも仕方のないことなのでしょう。僕や東郷さんや鈴木さんが潰れても田中(眞紀子外相)を追い出しただけでも国益ですよ。僕は鈴木さんのそばに最後までいようと思っているんですよ。外務省の幹部たちが次々と離れていく中で、鈴木さんは深く傷ついています。鈴木さんだって人間です。深く傷つくと何をするかわからない。鈴木さんは知りすぎている。墓までもっていってもらわないとならないことを知りすぎている。それを話すことになったら……」
「そのときはほんとうにおしまいだ。日本外交が滅茶苦茶になる」
「僕が最後まで鈴木さんの側にいることで、その抑止にはなるでしょう」
「それは君にしかできないよ。是非それをしてほしい。しかし、僕たちはもう君を守ってあげることはできない」
「大丈夫です。そこは覚悟しています。これが僕の外交官としての最後の仕事と考えています」
「やめるつもりなのか。その必要はない。やめてはいけない。君が活躍するチャンスは必ず来る」
「もういやなんです。この仕事が。実を言うと以前からやめたいと思っていました。 好きなこととできることは違います。そのことは鈴木さんにも話していました。特殊情報は僕の好きな仕事ではありません。ほんとうにやりたいのは、学生時代からやり残している中世の研究なので、アカデミズムに戻りたいと考えています。しかし、それも無理でしょう。嫌な感じがします。僕が受けた行政処分では終わらないでしょう。これから何事もありえます」

ここまで話してから、最後に私は西村検事にこう言った。
「西村さん、僕は外務省員として最後の仕事をしているのですよ」
「汚ねぇー。何て汚ねぇー組織なんだ。外務省は」
西村氏は吐き捨てるように言った。私の見間違えでなければ、西村検事の眼に涙が光った。
それから西村氏は、私との会話では、鈴木宗男氏に敬称をつけるようになった。

 


解説

鈴木氏の前で土下座し、鈴木氏に「浮くも沈むも鈴木大臣といっしょです」という宣言をしたり、鈴木氏の海外出張で文字通り腰巾着、小判鮫のように擦り寄っていた外務省幹部たちが、「鈴木の被害者」として、それこそ涙ながらに鈴木宗男の非道をなじっている姿が走馬燈のように浮かんだ。独房生活が一週間を超えたので、拘禁症候群がでて若干涙もろくなっている。思わず涙がでてきた。
「あんまりだ」
私は泣いた。


マンガ「憂国のラスプーチン」を読む その36(2025-03-31)


「……僕は鈴木さんのそばに最後までいようと思っているんですよ。外務省の幹部たちが次々と離れていく中で、鈴木さんは深く傷ついています。鈴木さんだって人間です。深く傷つくと何をするかわからない。鈴木さんは知りすぎている。墓までもっていってもらわないとならないことを知りすぎている。それを話すことになったら……」
__そのときはほんとうにおしまいだ。日本外交が滅茶苦茶になる。
「僕が最後まで鈴木さんの側にいることで、その抑止にはなるでしょう」
__それは君にしかできないよ。是非それをしてほしい。しかし、僕たちはもう君を守ってあげることはできない。
「大丈夫です。そこは覚悟しています。これが僕の外交官としての最後の仕事と考えています」


ここは重要です。
佐藤氏は、鈴木氏が外務省の暗部を知りすぎているので、それを墓場まで持っていってもらうように、鈴木氏に付き添うといっています。

しかし、佐藤優「外務省犯罪黒書」(2015年、講談社エディトリアス)によれば、有罪判決後に国政に復帰した鈴木宗男氏が質問主意書という方法で、外務省の闇を次々に暴いています。
おそらく佐藤氏は鈴木宗男氏の質問主意書作成を手助けしたのでしょう。
だからこそ、こういう本ができ上ったわけです。

「墓までもっていってもらわないとならないことを知りすぎている」から鈴木氏をなだめるために鈴木氏のそばにいるという話だったのに、鈴木氏と一緒にその外務省の闇を国会での質問主意書と出版という形で暴かれるとは……
日本の外交は、それこそ滅茶苦茶になってしまったのではないですか。
それとも、もっとひどい表に出せない闇が、外務省にはまだ残っているのでしょうか。

 

おそらく、当初は外務省を守り、日本の外交を傷つけないということを目的にしていた佐藤氏ですが、外務省に裏切られ続けた結果、外務省に反旗を翻し徹底的に対立する立場へと意識を切り替えたのだと思います。

 

獅子風蓮