
友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」より
いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。
カテゴリー: WAVE MY FREAK FLAG HIGH
ギターの歴史を変えたジミ・ヘンドリクス作曲の“If 6 was 9”の歌詞の中に出てくる言葉をヒントにしています。
(中略)
この曲は、そういう「違う生き方」を象徴する曲とされています。「異者の旗を振ろう」という意味ですね。
このタイトルのもとで、繁栄のなかの息苦しさを突破する「違う生き方」の可能性、また3.11以降の社会のありようを考える哲学的、宗教的なエセーを綴ろうと思っています。
2018年5月10日 投稿
友岡雅弥
拙著『ブッダは歩むブッダは語る』(第三文明社)にも書いておいた話ですが、サーヴァッティに一人の仏弟子がいました(以下、『ヴィナヤ』「マハー・ヴァッガ」、Ⅷ)。彼は重い病に罹っており、自分が排泄する汚物の処理もできず、臥せっていました。
ブッダは、その病の弟子を見舞って問いました。
「どうしたのですか?」
このブッダの問いは、単なる問いではありませんでした、なぜならば……
この一言の問いに対して、その病の人は、彼のこれまでの人生を一気に語ったのです。
単なるそっけない一言の問いならば、一言の答えが返ってきたでしょう。
しかし、そうではなかったのです。つまり、この問いは「すべて私に話してください。何でも聴きましょう」という、「問いである」と同時に「聴くことの決意」でもあったのです。
「私は冷たい男でした。かつて仲間たちが病気になったときに私は無視し、看病をしなかったのです。そのため、私は仲間を失いました。だから今、このような病気になりましたが、だれ一人として看病してくれる人はいないのです」
ブッダはその話をずっと聴き続け、そして汚物に汚れた体を洗ってあげました。そして、臥せっていた敷物を洗い、陽に干して、その上に、病者を寝かせてあげたのです。
同じような話は随所にあります。ブッダの弟子にティッサという人がいました(上座部に伝承された『ダンマパダ』第41節のニッデーサ(因縁)、ニッデーサというのは、ある言葉がどのような背景で語られたかを解説する文です)。
「ティッサ」という名は、日本ならば「田中」とか「山本」とかいう、かなり多い一般的な名前です。こういう場合、なにかニックネームのようなものがつくのが普通ですが、彼のニックネームは異様なものでし た。
「プーディガッタ」というのです。日本語にすれば「悪臭」という意味です。なぜ、このような名がついたのでしょうか?
彼は非常に真面目な修行者だったようです。しかし、あるとき体に小さな腫れ物ができました。腫れ物は体全体に広がり、膿瘍状となり膿と血が出て、悪臭を放つようになったのです。
修行者仲間には、「真面目に修業しているのに、なぜあのよう病気になったんだ。よほど悪業があるに違いない」などと、ティッサを蔑み、遠ざけるようになった人もいました。悲しい人たちですね。
ティッサは、 それでも修行を続けました。腫瘍による痛みにも彼は耐えました。しかし、とうとう寝ついてしまいました。
ブッダは、ティッサを見舞いました。そして、膿と血で汚れ、悪臭を放つ彼の体を、温かな水でよく洗いました。そして、ベッドを整え、手厚く看護したのです。
少し落ち着いたティッサの横にブッダは腰をかけると、こう語りました。
「ああ、この身体は、いつか遠からず、意識がなくなり、無用になり打ち捨てられた材木のように、大地に横たわるだろう」
この言葉はさまざまに解釈できるでしょう。
一つはティッサの病が非常に重いので、手厚く看護した上で、「死」を告知した、と解釈すること。
確かにそういう解釈は可能です。ただし、大切なのは、膿と血で汚れたままで告知したのではなく、それをきれいに洗ってあげて、手厚く看護した上で告知したということです。
つまり、ティッサは絶望と惨めさの中で告知を聴いたのではなく、人間としての尊厳を回復した状態で、告知を聴いたのです。これはターミナルケアの問題を考える時に、示唆的なことだと思います。
もう一つは、「この身体」というのが、ブッダの自身の身体であり、「私もやがて一人死んでゆく」という意味と解釈すること。
もちろん、それはもっと一般化して、ティッサを蔑み、独りぼっちにした仲間たちも、「やがて一人死んでゆく」ということを意味するでしょう。みんな一人一人の人生を独り歩んでいくのです。そのような人間として、その孤独や辛さを語り合い聴きあい、支え合い生きてゆくのです。
頑張ってきたのに重い病気になってしまったことは、ティッサにとってどれほど辛かったでしょう。ブッダはその辛い心の奥底を、慈悲の心の奥底で聴き取ったのです。
このことがどれほどティッサに希望と勇気を与えたか。彼はそれから限られた時間でしたが、最後までブッダの弟子として、尊厳を持って生き抜いたのです。
【解説】
修行者仲間には、「真面目に修業しているのに、なぜあのよう病気になったんだ。よほど悪業があるに違いない」などと、ティッサを蔑み、遠ざけるようになった人もいました。悲しい人たちですね。
「祈っても病を克服できなかった場合」という問題は、キリスト教の場合にも、古くから議論されてきました。
「ヨブ記」というのがあって、ウィキペディアによると、
「正しい人に悪い事が起きる、すなわち何も悪い事をしていないのに苦しまねばならない、という『義人の苦難』というテーマを扱った文献として知られている」
とのことです。
私も、別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)で取り上げました。
興味のある方はご参照ください。
絶望と惨めさの中で告知を聴いたのではなく、人間としての尊厳を回復した状態で、告知を聴いたのです。これはターミナルケアの問題を考える時に、示唆的なことだと思います。
なるほど、勉強になります。
友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。
獅子風蓮