獅子風蓮のつぶやきブログ

創価を卒業し、組織にしばられず、いろいろ考えたりしたことや、読書感想などを書いています。

友岡雅弥さんの「異者の旗」その45)日本での「看護婦養成」の歴史


友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」より

いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。

 


カテゴリー: WAVE MY FREAK FLAG HIGH

ギターの歴史を変えたジミ・ヘンドリクス作曲の“If 6 was 9”の歌詞の中に出てくる言葉をヒントにしています。
(中略)
この曲は、そういう「違う生き方」を象徴する曲とされています。「異者の旗を振ろう」という意味ですね。
このタイトルのもとで、繁栄のなかの息苦しさを突破する「違う生き方」の可能性、また3.11以降の社会のありようを考える哲学的、宗教的なエセーを綴ろうと思っています。

 

 

freak45 - リハビリ中!(その2)

2018年8月23日 投稿
友岡雅弥

【 すたぽ運営より】
著者入院中のため、 手書き原稿を運営事務局にて代理入力しております。
著者復帰までしばらくの間、ご理解のほど宜しくお願い申し上げます。
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「病により道心」ということば、ほんまにそうやと、思いますね。

ひとりの人間として、自分に向きあう時間「しかない」し、

また、その「自分」というのは、「日常の自分」ではない。日常では、「他のありかた」として、見えなくなっているものなんですね。

ある意味、「我と他者」に向き合ってばかりなわけです。(マルチン・ブーバーみたいな意味で)

もひとつ、今回分かったのが、「臨床の現場」に立ち会っているということでもある、ということです。しかも、こちら側でね。

日ごろから、「臨床のことば」、「当事者を支える」とか、偉そうなこといってる僕が、「上から」ではなく、当事者として、そこに立ち合っている。

これは、貴重な経験です。何か生まれてくるかもしれない。

もうひとつ。
それは、「働く人たちの現場」であるということです。

ドクターも、さまざまですね。

PCのデータばかり見ているような、若い医師が、打腱器(先にゴムのついているハンマー)で丁寧に反射を見てくれたのには、驚きました。

なんか、それでぐっと、その医師の存在が身近になったりして……。われながら、自分は先入観とか、偏見の多い人間だなと思いましたね。

清掃のかたも、「院内感染」などの防止のために、作業行程が細密に定められてて、それをてきぱきと進めていく――すごいなと思いましたね。病院が何と戦ってるかが、よく分かります。

もちろん、看護師さんには、頭さがりますね。

キャリア豊かなベテラン女性看護師さんたちの、「所作」は、練り上げられています。医師に対しても対等というか、むしろ、彼女たちの経験のほうが重かったりして。

また、20代前半の、若い男性看護師さんたちのまじめさ、患者さんに与える「雰囲気的な安心感」は、やはりベテランには負けますが。こちらの言ったことにきっちり応えてくれる信頼感というのは、すごかった。(「彼に言えば、最後までやってくれる」というね)

さて、近代医学は明治の開国とともに、日本に入ってくるわけです(もちろん、それ以前も、長崎で蘭学などとして入ってきたわけですが、制度とかも含めると、明治以降になるわけです。

1883年(明治16年)、あるアメリカ人女性宣教師が横浜で病気になったとき、医師に「看護婦さんを一人お願いします。私たち病人にとっては、看護婦さんがすべての頼りです」と言ったところ、

医師は、
「日本には看護婦なんていませんよ」
と言って、その宣教師は驚いた。

「医術が開けても、看護婦のいない国は、病人にとって不幸です」と言い、この女性宣教師は、日本で看護師を養成する学校を作ろうと決意します。そして、母国アメリカで、募金を呼びかける活動をしているうちに、死去します。

この意志を受け継いだのが、その数年前に設立され、自主・自立を理念とした女子教育を標榜する桜井女学校の、メアリー・トゥルー宣教師でした。

最初、メアリー・トゥルーは、篤志家に寄付を募ろうと、帝国ホテルに名士を呼んで、「看護婦養成」の必要性を訴えたのですが、多くの「名士」たちは、

「患者の面倒をみる?そんなことは家族がすればいいんだ」と、バカにしたとか。

いつでも、今でも、つきまとう、この想像力のなさ、「上から」感。

そんな逆風のなか、日本で初の「看護婦養成所」は完成し、すぐに聖路加病院、慈恵病院なども続きます。

 


解説
「患者の面倒をみる?そんなことは家族がすればいいんだ」と、バカにしたとか。
いつでも、今でも、つきまとう、この想像力のなさ、「上から」感。
そんな逆風のなか、日本で初の「看護婦養成所」は完成し、すぐに聖路加病院、慈恵病院なども続きます。

 

なるほど、日本での「看護婦養成」にもそんな歴史があったのですね。
勉強になります。

友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。

 


獅子風蓮