公明党の政権離脱に関して、d-マガジンで興味深い記事を読みました。
引用します。
週刊SPA!2025年10月28日号
ニュース・カタリスト 01
新たな連立政権誕生へ
「魂の独立」を選んだ
公明党に見る日本の
政治の未来とは?
石戸 諭

今回の新首相選出までの過程には、良くも悪くも安定的でつまらなかった日本の政治が新しい段階に突入したと感じさせられた。自民党の高市早苗総裁誕生から、26年間続いた公明党の連立離脱、浮足だった野党の統一候補交渉と続いたのだから。
なかでも大きな衝撃を与えたのは公明党だろう。同党を支援する創価学会で選挙実務を取り仕切る人々に取材したが、見えてきたのは目先の合理性よりも、「感情」が決断を大きく左右したことだった。政治に感情的な対立を持ち込むことをよしとしない人も多いだろう。だが、政治もまた人間の営みだ。感情のもつれはどうにもならない。
特に学会を刺激したのは、かつて公明党を「がん」と批判した麻生太郎氏の復権と、東京都連会長時代に候補者調整で公明党と大揉めした萩生田光一氏が幹事長代行に返り咲いたことだ。幹事長には麻生氏の義弟である鈴木俊一氏が就いたことで、実質的に選拳を仕切るポジションは麻生―萩生田ラインで固まった。
学会のさる大物幹部は今回の離脱騒動を「魂の独立」という言葉を用いて語った。内部では重大な意味を持つ言葉だ。1991年に日蓮正宗から学会が破門されたときに使われたもので、この決別によって学会は飛躍したというストーリーで語られている。
要するに、今回の連立離脱によって公明党は飛躍に転じるという主張が込められているのだが、現実はそううまくはいくまい。自公連立は自民党が安定的に組織票を得られるだけでなく、公明党にとってもメリットのあるものだった。大臣ポストも得て、自公で政策を実現できたからだ。自民党支持者からの票の上積みもあったが、今後はこうしたこともなくなる。合理的に考えれば、影響力を保つために与党でいたほうがいいが、彼らは自ら放棄した。
公明党は「政権が代われば」と連立復活の可能性を示唆するが、学会信者の高齢化に加え、若年層の“選挙離れ”にも直面している。私が見るに最も可能性が高いのは、政策実現を誇示できず、比例でしか当選が見込めない少数政党への道だ。それも選挙を重ねるたびに議席を減らしていく道である。今なら取引できるが、残された時間は少ない。
この先、日本でも多党で連立交渉をする光景がしばしば見られるようになるだろう。通には面白いが、それがもたらす政治の停滞や不安定さはポピュリズムの養分となる点には注意が必要だ。後世の歴史に感情的な対立が悪い意味で日本の転換点だった、と記されないといいが……。政治もメディアも時代に適合した新しい知恵が求められている。
【解説】
公明党は「政権が代われば」と連立復活の可能性を示唆するが、学会信者の高齢化に加え、若年層の“選挙離れ”にも直面している。私が見るに最も可能性が高いのは、政策実現を誇示できず、比例でしか当選が見込めない少数政党への道だ。それも選挙を重ねるたびに議席を減らしていく道である。今なら取引できるが、残された時間は少ない。
石戸諭氏は、的確な評論をするので私が信頼しているライターです。
創価学会・公明党に配慮して、客観的な分析ができない佐藤優氏にくらべると、石戸諭氏の評論の方が、はるかに的確でしょう。
獅子風蓮