獅子風蓮のつぶやきブログ

創価を卒業し、組織にしばられず、いろいろ考えたりしたことや、読書感想などを書いています。

佐藤優『国家の罠』その69


佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。

まずは、この本です。

佐藤優国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて』

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。

 

国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
□第4章 「国策捜査」開始
■第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査
 □鈴木宗男杉原千畝(ちうね)
 □下げられたハードル
 ■ケインズ型からハイエク型へ
 □「国際協調的愛国主義」から「排外主義的ナショナリズム」へ
 □「あがり」は全て地獄の双六
 □ハンスト決行
 □「前島供述」との食い違い
 □再逮捕への筋書き
 □再逮捕の日
 □取調室の不思議な会話
 □三つの穴
 □再々逮捕を狙う検察との持久戦
 □やけ酒
 □不可解だった突然の終幕
 □それから

□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。

 


第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査

ケインズ型からハイエク型へ

西村氏の説明には確かに説得力がある。私が逮捕、起訴され、その後も勾留されているのは、佐藤優鈴木宗男を絡める事件を作り、現下の政官の関係を摘発、断罪し、検察官のことばでいうところの「時代のけじめ」をつけるためだ。ここまではそれほど難しい操作を経ずにも分析できる。問題はその先だ。なぜ、他の政治家ではなく鈴木宗男氏がターゲットにされたかだ。それがわかれば時代がどのように転換しつつあるかもわかる。私は独房で考えをまとめ、それを取り調べの際に西村氏にぶつけ、さらに独房に持ち帰って考え直すということを繰り返した。
その結果、現在の日本では、内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男氏がいるので、どうも国策捜査の対象になったのではないかという構図が見えてきた。
小泉政権の成立後、日本の国家政策は内政、外交の両面で大きく変化した。森政権と小泉政権は、人脈的には清和会(旧福田派)という共通の母胎から生まれてはいるが、基本政策には大きな断絶がある。内政上の変化は、競争原理を強化し、日本経済を活性化し、国力を強化することである。外交上の変化は、日本人の国家意識、民族意識の強化である。
この二つの変化は、小手先の手直しにとどまらず、日本国家体制の根幹に影響を与えるまさに構造的変革という性格を帯びている。それと同時に、私の見立てでは、この二つの変化は異なる方向を指向しているので、このような形での路線転換を進めることが構造的に大きな軋轢を生み出す。この路線転換を完遂するためにはパラダイム転換が必要とされることになる。

内政上の変化についてもう少し掘り下げてみたい。
「小さな政府」、官から民への権限委譲、規制緩和などは、社会哲学的に整理すれば、「ハイエク新自由主義モデル」である。このモデルでは、個人が何よりも重要で、個人の創意工夫を妨げるものは全て排除することが理想とされる。経済的に強い者がもっと強くなることによって社会が豊かになると考える。
それでは、経済的に強い者と弱い者の関係はどのように整理されるのだろうか。強者が機関車の役割を果たすことによって、客車である弱者の生活水準も向上すると考えるのである。
鈴木宗男氏は、ひとことで言えば、「政治権力をカネに替える腐敗政治家」として断罪された。
これは、ケインズ型の公平配分の論理からハイエク型の傾斜配分の論理への転換を実現する上で極めて好都合な「物語」なのである。鈴木氏の機能は、構造的に経済的に弱い地域の声を汲み上げ、それを政治に反映させ、公平配分を担保することだった。
ポピュリズムを権力基盤とする小泉政権としても、「地方を大切にすると経済が弱体化する」とか「公平配分をやめて金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」とは公言できない。しかし、鈴木宗男型の「腐敗・汚職政治と断絶する」というスローガンならば国民全体の拍手喝采を受け、腐敗・汚職を根絶した結果として、ハイエク新自由主義、露骨な形での傾斜配分への路線転換ができる。結果からみると鈴木疑惑はそのような機能を果たしたといえよう。
ここまでの分析については、西村氏も全面的に同意見であった。
西村氏は、「自民党の政治には、日本的な社会主義の要素があると思う。公共事業も、その本質においては公平配分を担保するためのものと思う。鈴木さんの場合、政治資金が大きいといっても、それは幅広く集めているからで、個々の政治献金の額は小さい。だから今までは贈収賄として摘発することができなかった。
しかし、基本的な構造は、政治の力をカネに替えることで、それが社会的機能としては公平配分を担保しているとしても断罪しなくてはならないという時代状況がやってきたということなのだろう。小泉路線は、当事者がどう認識しているかは別として新自由主義的な傾斜配分路線をひたすら走っていることは間違いない。鈴木さんは時代に遅れた」と語った。
鈴木宗男氏を断罪することの背後には、このような社会・経済モデルの転換がある。しかし、この要因だけならば、鈴木氏以外の多くの政治家がそのターゲットになりうる。橋本龍太郎元総理や森喜朗前総理でもよかったわけだ(もっとも、2004年に日本歯科医師連盟による政治献金問題で、橋本氏や野中広務元幹事長がターゲットとされ、政治的影響力を失っていった背景にも公平配分路線から傾斜配分路線への転換があると見れば、公平配分路線を堅持する政治家は遅かれ早かれ政界から排除されるという力が確実に作用している)。
しかし、鈴木氏が余人をもって替えがたいターゲットとなったことは説明できない。ここに別の要素、つまり排外主義的ナショナリズムの昂揚があると私は考えた。

 

 

 


解説

鈴木さんの場合、政治資金が大きいといっても、それは幅広く集めているからで、個々の政治献金の額は小さい。だから今までは贈収賄として摘発することができなかった。
しかし、基本的な構造は、政治の力をカネに替えることで、それが社会的機能としては公平配分を担保しているとしても断罪しなくてはならないという時代状況がやってきたということなのだろう。

 

鈴木氏の政治姿勢を検証するため、私は別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)で、鈴木氏が秘書として仕えた中川一郎のことを調べました。

鈴木氏は、私利私欲は少なかったようですが、「政治権力をカネに替える腐敗政治家」という旧来の金権体質を持った政治家とは言えそうです。

 

ちなみに、佐藤優「獄中記」には、次のような記載があります。

弁護団への手紙】―125①

私が承知する中の鈴木宗男分析で唯一学術的観点からなされているのは、『代議士とカネ』(朝日新聞社)に収録されていた論文で、鈴木代議士の行動様式を学理的反省者……の立場から分析しています。山口二郎北海道大学教授のチームによる研究ですが優れています。トランクルームに入っていると思うので、何かの機会に目を通されることをお奨めします(書店でも簡単に入手できます)。ちなみに、山口二郎教授は、旧社会党系で、民主党社民党から北海道知事選挙に出馬すると噂されていますが、なぜか田中真紀子外相の諮問会議メンバーにも加わっていました。ただし、鈴木宗男分析については極めてフェアーです。鈴木代議士自身もこの論文を読んで、「悪くはないな。学者の目からはこういう風に見えるのか。しかし、このような形で取り上げられるということは、それだけ他の政治家からの目が厳しくなるから気をつけないとな」との感想を漏らしていました。

 

とても興味ある文献です。
図書館で借りて、読んでみたいです。

 

獅子風蓮