
佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。
まずは、この本です。

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。
国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
□第4章 「国策捜査」開始
■第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
□鈴木宗男と杉原千畝(ちうね)
□下げられたハードル
□ケインズ型からハイエク型へ
□「国際協調的愛国主義」から「排外主義的ナショナリズム」へ
□「あがり」は全て地獄の双六
□ハンスト決行
□「前島供述」との食い違い
□再逮捕への筋書き
□再逮捕の日
□取調室の不思議な会話
□三つの穴
□再々逮捕を狙う検察との持久戦
□やけ酒
■不可解だった突然の終幕
□それから
□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。
第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
不可解だった突然の終幕
取り調べがかなり進んだある日、西村氏はつぎのようにつぶやいた。
「この話を事件化すると相当上まで触らなくてはならなくなるので、うち(検察)の上が躊躇しはじめた。昨日、上の人間に呼ばれ、『西村、この話はどこかで森喜朗(前総理)に触らなくてはならないな』と言われた」
「西村さん、それは当然だよ、鈴木さんにしたって僕だって、森総理に言われてセルゲイ・イワノフとの会談を準備したんだから」
8月24日の土曜日は、珍しく深夜まで取り調べがあった。再々逮捕が近いという嫌な予感がした。しかし、翌25日の日曜日は取り調べが全くなく、読書三昧で一日を過ごした。
8月26日、午後2時過ぎに独房の鍵が開き、いつものように取調室に向かった。取調室の中に入ると、一昨日までは室内に山のように積み重ねられていた書類が一つ残らず撤去されており、机の上からはノート型パソコンもプリンターも撤去されていた。
西村氏がにこやかに言う。
「これで佐藤優関連の捜査は終わりです。御協力どうもありがとうございます。お会いできてほんとうによかったです」
西村氏は机の上に両手をついて深々とお辞儀をした。
「何をおっしゃいますか、西村さん。こちらこそ、西村さんの思い通りにならず、申し訳なく思っています」
私も深々と頭を下げた。それに続けて私は言った。
「唐突な終わりだね。いったい何があったの」
西村氏は、捜査が終了した経緯について率直に説明した。この内容について、私は読者に説明することはまだ差し控えなくてはならない。しかし、ひとことだけ言っておきたいのは、西村氏の説明が踏み込んだ内容で説得力に富むことだった。私は西村氏に答えて言った。
「そうすると今回の国策捜査をヤレと指令したところと撃ち方ヤメを指令したところは一緒なのだろうか」
「わからない。ただし、アクセルとブレーキは案外近くにあるような感じがする。今回の国策捜査は異常な熱気で始まったが、その終わり方も尋常じゃなかった。ものすごい力が働いた。初めの力と終わりの力は君が言うように一緒のところにあるかもしれない」
「西村さん、僕にもそんな感じがする。体制内の政治事件だからね。徹底的に追及すると日本の国家システム自体が壊れてしまう」
「しかし、ここで政官の膿を出しきっておかないと、また近い将来に外務省と政治家絡みで国策捜査が行われるぜ。今回の経験で国策捜査には一定の幅があるということがよくわかったよ。捜査に対するブレーキのかかり方を見て少し怖くなった。僕にも自己保身はあるからね」
「それは当然だと思うよ。自分の身は自分で守らないと」
今後の見通しについて西村氏は以下の助言をした。
「あと残っているのは公判だけだ。あなたは争うだろうから一年くらいはかかるだろう」
「求刑はどうなるの」
「全て認めている前島とのバランスがあるのであなたは懲役二年半になる。但し、三年を切っているということは、『検察庁としては執行猶予でいいですよ』ということだ」
「法廷では政治的に言いたいことは言わせてもらうよ。それから国策捜査論も展開する」
「それは構わない。あなたの公判は僕が中心になって担当するので、できるだけ異議も差し挟まないようにするよ。但し、裁判官の心証だけは気をつけてね。あの連中はプライドが異常に高いので政治的なことを言われると嫌がる。特に今回あなたの裁判長になった木口(信之)は典型的な司法官僚だ。自分がいちばん頭がいいと信じているタイプなんだ。裁判の進行をできるだけ急ぐことにしか関心がなく、歴史的記録を残すというあなたの問題意識を理解できないと思う。その点だけは気をつけた方がよい」
第一回公判の1週間前、西村氏は、特別捜査部ではなく特別公判部の検事として取り調べにやってきた。呼び出しの看守が首をかしげて「特別公判部の取り調べなんて珍しいね」と言った。実際には取り調べではなく、西村氏は御機嫌伺いにやってきたのである。このときの西村氏とのやりとりを私は今も鮮明に覚えている。
私は西村氏に端的に尋ねた。
「西村さん、この国策捜査は結局のところ何のために必要だったのだろうか」
西村氏はしばらく沈黙した後に答えた。
「正直に言うけれどわからない」
「僕は西村さんのことも検察庁のことも全然恨んでいないよ。こういう形で人生の切り替えがなされるならば、それはそれでよいことだと思っている。率直に言って、あの嵐のような生活から抜け出せてほっとしている面もある」
「そう言ってもらえると僕もほっとするよ。僕もあなたと会えたことはよかったと思っている。調室の中の会話も知的刺激に富んでいたよ」
「僕については政治犯を気取っているという認識なんだろうね」
「いや、君は政治犯を気取っているのではない。政治犯なんだ。君の動機はカネでもなければ出世でも名誉でもない」
「それならば愉快犯か」
「愉快犯でもない。あなたも鈴木さんも政治犯だ。あなたや鈴木さんは2000年までの日露平和条約締結という目標のためにはどんな手段でも使っていいと考えた。もしそれが成功していれば、鈴木先生は英雄だったし、官邸入りし、あなたも恐らく鈴木さんと一緒に官邸に入っていただろう。しかし、平和条約はできず、しかも、あなたたちは政争に敗れた。だから捕まった。
あなたにせよ鈴木さんにせよ、目的のためには手段を選ばず、平気で法の線を越えるので、僕はいわば法に対するテロリストとして、カネや出世を動機とする連中よりもより悪質だと自分に言い聞かせている。あなたたちは革命家なんだ。それが恐らくあなたの考えていることともいちばん噛み合うのだと思う」
「西村さんの言わんとすることはよくわかる。但し、僕はテロリストではない。革命も考えていない。体制の内側の人間だ」
「あなたが体制の内側の人間で、自分のことは省みずに国益のために一生懸命仕事をしてきたことはよくわかっている。しかし、これは国策捜査だ。国策捜査がどういうものか、あなたはよくわかっている筈だ。あなたが憎くてやっているわけじゃないんだ。これが僕の仕事なんだ。僕はあなたができるだけ早くこの裁判を終わらせ、社会で活躍することを本心から望んでいる」
【解説】
西村氏は、捜査が終了した経緯について率直に説明した。この内容について、私は読者に説明することはまだ差し控えなくてはならない。しかし、ひとことだけ言っておきたいのは、西村氏の説明が踏み込んだ内容で説得力に富むことだった。
別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)の記事では、この絵ですね。

獅子風蓮