
佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。
まずは、この本です。

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。
国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
□第4章 「国策捜査」開始
■第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
□鈴木宗男と杉原千畝(ちうね)
□下げられたハードル
□ケインズ型からハイエク型へ
□「国際協調的愛国主義」から「排外主義的ナショナリズム」へ
□「あがり」は全て地獄の双六
□ハンスト決行
□「前島供述」との食い違い
□再逮捕への筋書き
□再逮捕の日
□取調室の不思議な会話
□三つの穴
□再々逮捕を狙う検察との持久戦
■やけ酒
□不可解だった突然の終幕
□それから
□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。
第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
やけ酒
8月6日は珍しく午後2時過ぎに取り調べがあった。
西村氏の様子が少しおかしい。妙に黙り込んで、席を何度も中座する。顔から血の気が引いている。相当重い二日酔いのようだ。
「西村さん、昨日はだいぶ飲んだの」
「臭うかい」
「それは全くないから大丈夫だけれど、顔色が悪い。日本酒やワインではなく、ウイスキーや焼酎のような蒸留酒系の二日酔いだ」
私もロシアで酒を飲む機会が多かったので、醸造酒系の二日酔いと蒸留酒系の二日酔いの区別は顔色でだいたいつく。
「実は焼酎を飲み過ぎた。一人でほとんど一本飲んでしまった」
「どうしたの」
「とっても信頼する先輩の検事と飲んでいたんだけど、ちょっと荒れて愚痴ってしまった」
「大丈夫かい。あなたたちの世界は、あまり周囲に隙は見せられないんじゃないかい」
「相手によるよ。『西村、また変な奴の調べをやらされているのか』と言われたよ。『そうです。変わった奴なんですけどね。話を聞いているとこっちの頭がおかしくなりそうになるんですよ』といろいろ話した。あなたには言えないけれど、うちもいろいろ難しいんだよ」
「具体的にはわからないけれど、だいたい想像はつくよ。しかし、西村さんでなければ僕から供述はとれないからね。それに西村さんは検察官という職業が好きなんでしょう」
「好きだよ。僕は職人なんだよ。その先輩からも『そんな奴はお前しか調べができないな』と言われたよ。君は外交官が好きじゃないのか」
「ここに入ってから考えたんだけど、心底好きな仕事ではない。できることと好きなことは違う」
「ほんとうにそう思うのか」
「本心だよ」
恐らく、西村氏は、「昼からきちんと佐藤を取り調べろ」という指令を誰かから受けているのだろう。その姿を見て私は「西村氏の職人気質に引き寄せられてはならない。このゲームで検察官は誰であれ敵だ」と自分に言い聞かせた。
東郷氏は飯島検事に相当詳しく供述したようだった。西村氏から私と東郷氏しか知らない話を含め、外交機密の相当微妙な話について聞かされた。もし本件が事件化される場合、供述調書の残し方を巡っては、相当面倒な折衝を西村氏と行わなくてはならず、また、西村氏のレベルで外交機密の漏洩を抑えることができるかと心底不安になったが、そのような素振りは一切見せずに、東郷氏の供述について事実関係を整理していった。
ある日、私は東郷氏の様子について西村氏に尋ねてみた。
「東郷さんの調書は取れたのかい」
「取れたよ。外交についても自分から資料をもってきて、身振り手振りを交えながら延々としゃべっていたようだ。鈴木宗男の圧力から外務省を守った功労者であるのに外務省が自分を切り捨てたのはケシカランとまくし立てていたよ。東郷はあなたが思っているような人じゃないよ。残念ながらあなたを守る気持ちは全くないな。自分のことしか考えていないよ」
「健康状態はどうだったかい」
「ときどき大きな声を出したり、手を振り上げていたけれど、今回の話は理路整然としていたということだ。途中で何回か休憩を求めたらしい。事情聴取が終わった後にまた精神病院に行くと言っていたけれど、うちでは詐病の可能性を疑っているんだ。でももう世論は東郷に対して関心をもっていないので、検察庁としても深追いはしないよ」
「少し状況が落ち着いたら日本に戻って来るつもりなのかな」
「日本には戻って来ないと言っていたそうだ」
さて、前島氏は7月26日に保釈されたが、三井物産の飯野氏、島嵜氏は、偽計業務妨害について全面自白したにもかかわらず、8月に入っても獄につながれたままだっ た。
8月初め、私が面会室の待合ボックスから「1095番」と呼び出されて外に出ると飯野氏とすれ違った。拘置所規則では、囚人同士が目で合図をすることも禁止されているのだが、私たちは軽く会釈をした。飯野氏は髭をそり落とし、だいぶやつれていた。拘禁症状が出ているようで、目が涙で潤んでいた。
8月19日の取り調べで西村検事は、「明日、飯野さんは保釈になるよ。島嵜君はもうしばらくいてもらう。八木副部長を怒らせたからね」と私に告げた。八木副部長とは、背任事件で前島氏を取り調べた「ドラえもん」検事で、保釈後、私が司法クラブ記者から聞いた話によると、八木氏は「割り屋」と言われており、同氏にかかるとどのような被疑者でも必ず自白をするということだ。
その数日後、読売新聞が一面トップで島嵜氏が政府開発援助(ODA)絡みでモンゴル政府高官に賄賂を渡した事案を東京地検特捜部が外国公務員に対する贈賄の初ケースとして摘発するとの記事がでていた。更にその数日後、今度は朝日新聞がこの事案については東京地検が摘発を見送ったとの記事を掲げた。この辺の経緯についても私は率直に西村氏に尋ねてみた。
「西村さん、『島嵜君大活躍の巻』はその後どうなったの。読売が外国公務員に対する贈賄の第一号として摘発すると書いたのを数日後に朝日が打ち消すなんて異常じゃないかい。検察内部で捜査方針を巡って綱引きがあり、読売、朝日を使って代理戦争になっているんじゃないかい」
「そんなことはないよ。三井は相当のことをやっているんだぜ。モンゴル高官をソープランドで接待した際の裏のお小遣い帳まで出てきた。僕たちとしては事件にしたいと思っていた。島嵜は最初は頑強で、前島君との面識すら否定していたよ。しかし、一旦認めてからは、どんどんしゃべり、まさに『島嵜君大活躍の巻』だった。その中でモンゴルの話も出てきたんだ。自供もきちんととれている。外国公務員への贈賄に関するこの法律が、法実務的観点から欠陥があることと、このニュースが表に出て、三井物産の清水社長が引責辞職したので、うち(検察)の上の方には『もうこれでいいじゃないか」という感じもあって、ああいう幕引きになったんだよ」
今回の国策捜査の特徴は、検察庁の三井物産と丸紅に対するダブルスタンダード(二 重基準)に顕著に現れている。実は、島嵜氏から丸紅プラントは、入札に加わらない対価として五千万円の「降り賃」を得ている。しかも、このカネは日本国民の税金から出ている。しかし、丸紅関係者は刑事責任を全く追及されていない。この辺の事情についても西村氏に率直に尋ねてみた。
「何で丸紅は見逃されているの」
「僕たちも丸紅は三井から五千万円ももらってけしからんと怒っている。しかし、国策捜査だから鈴木さんと関係のある三井物産だけがやられて丸紅はおとがめなしなんだ」
要するに三井物産は運が悪く、丸紅は運がよかったのである。
結局、9月17日の第一回公判に、既に保釈になっていた前島、飯野氏は、スーツ姿、ネクタイ着用で登場したが、勾留されていた私と島嵜氏は手錠、捕縄付きで法廷に引き立てられた。島嵜氏は第一回公判で罪状をすべて認めたので、その日のうちに保釈になった。
【解説】
9月17日の第一回公判に、既に保釈になっていた前島、飯野氏は、スーツ姿、ネクタイ着用で登場したが、勾留されていた私と島嵜氏は手錠、捕縄付きで法廷に引き立てられた。
別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)の記事では、この絵ですね。

獅子風蓮