
佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。
まずは、この本です。

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。
国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
□第4章 「国策捜査」開始
□第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
■第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□拘置所の「ゆく年くる年」
□歴史に対する責任
■確定死刑囚
■三十一房の隣人
■保釈拒否の理由
□友遠方より来たる
□保釈と別れ
□「国家秘密」という壁
□東郷氏の「心変わり」
□論告求刑
□被告人最終陳述
□判決
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。
第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
確定死刑囚
余談だが、東京拘置所では2003年3月22日に、半世紀に一度の大行事があった。
新獄舎への引っ越しだ。
もっとも拘置所は過剰収容なので、旧獄舎も継続して使う。重罪を犯すと冷暖房完備で、施設も整っている新獄舎で比較的快適な生活を送る。ちょっとした犯罪の場合には、昭和初期に建った獄舎で暑さ、寒さに苦しむという逆説的状況が生まれた。もっとも新獄舎はハイテク機材で監視体制も厳しいが、囚人にはそれが見えないようになっている。獄中の引っ越しは、2、3日前に独房にある書類、書籍、缶詰、衣類などを段ボール箱に詰めておくと雑役担当の懲役囚が事前に新獄舎に運んでおいてくれる。囚人は当日、銭湯の脱衣場でよく使われているプラスチック籠に私物を入れて移動するだけだ。私のように独房暮らしで、接禁措置が付されている要注意人物については(因みに私の階にはそのような要注意人物が多い)、職員がひとりずつ付き添い、数メートルの間隔を開けて、旧獄舎から新獄舎に向けて行列がゆっくり進む。全体で移動距離は200メートルもないのであるが、囚人は運動不足で脚の筋肉が衰え、しかも年輩者も多いので、途中で何度も何度も休憩をとる人もいる。そうすると行列が止まる。
新獄舎に移り、私は今まで気付かなかったある事実を知ることになる。
(中略)
三十一房の隣人
(中略)
保釈拒否の理由
さて、公判で検察側の証人調べが終わると、普通、弁護側は被告人の保釈手続きに入る。私の場合、6月17日に杉山晋輔外務省元条約課長の証人調べが終ったので、弁護人が直ちに保釈手続きに着手しようとしたが、私がそれにストップをかけた。理由は二つある。一つは心情、もう一つは理屈の問題だった。
心情として、鈴木宗男氏のことがあった。
外務省が対露外交に鈴木氏を巻き込むことがなければ、そして一部外務省員が、種々の情報操作工作で同氏を陥れることがなければ、鈴木宗男氏が国策捜査の対象となり、逮捕され、長期勾留されることにはならなかった。結果から判断するならば、私は鈴木氏に災いをもたらした側の一員だ。それに私のようなインドアー派と異なり、鈴木氏は外で快活に動き回ることが好きだ。勾留生活は心理的に私の数倍もこたえている筈だ。私は盟友が苦しんでいるのに、自分だけ楽になりたいとは思わなかった。
理屈の問題として、そもそも保釈を私の方からお願いするのは筋が違うと考えた。刑事訴訟法では、勾留は起訴から2ヵ月で、特に継続の必要がある場合にだけ、具体的理由を付した裁判所の決定にもとづき、1ヵ月ごとに更新される(同法第六〇条二)。私は背任、偽計業務妨害の二事件について、それぞれ勾留がなされているので、毎月2回、勾留更新簿に指印を押す。東京地方裁判所の勾留更新決定に異議があるときは即時抗告を行い東京高等裁判所の判断を仰ぐ。高裁の決定が憲法違反、判例違反の場合には最高裁判所に特別抗告をする道も制度的に担保されている。
私が勾留更新される理由は、罪証隠滅と逃亡の恐れがあるということだが、私には罪証隠滅も逃亡もする意思がない。従って、このような勾留更新の決定は事実誤認に基づくものなのである。だから、更新がなされるたびに、つまり月2回、即時抗告を行うべきなのだ。もちろん高裁が棄却するのは目に見えている。その場合、人身の自由は憲法で保障された基本権中の基本権という理由で毎回最高裁判所に特別抗告する。このような形で刑事訴訟法というルールブックに書かれた規則に従い、徹底的に筋を通すべきというのが私の考えだった。
現状では、罪状を認めない被告人を検察は極力拘置所にとどめようとする。被告人が容疑を否認した場合、初公判まで保釈が認められることはまずない。初公判後も、被告人・弁護人が検察側が証拠として請求した供述調書に同意しないならば、検察側請求の証人が法廷で証言を終えるまでは保釈が認められることもほとんどない。被告人が否認で筋を通すならば、1年以上、勾留されることは今や「常識」なのである。長期勾留という形で被告人を「人質」にすることで、検察は自らに有利な状況を作ろうとしている。事実、長期勾留に対する恐れから、無実の罪を認めたり、あるいは自己に不利な供述調書を証拠として認める事例はいくらでもある。
もっとも、国際スタンダードでは、このような「人質裁判」が横行するのは国家権力が弱っていることの証左である。強い国家は無理はしないものだ。私は「人質裁判」に現れた日本の現政権の「弱さ」をきちんと記録に残したいと考えた。
現状の「人質裁判」がいかに理不尽であるかを示すためには、このように本来の筋を通し、勾留更新決定を撤回させる努力を続け、その記録をきちんと残しておくべきなのだ。さらに、勾留理由について裁判所にはいつでも公開の席で開示する義務があるので、勾留理由開示公判を頻繁に行い、私が勾留を続けられている理由を記録に残しておくようにする。そのために第一審の間、身柄がずっと拘束されていても構わない。獄中で読まなくてはならない本はたくさんあるし、それに学生時代からサンスクリット語とアルバニア語を勉強したかったので、あと2年くらい勾留されるならばその夢もかなえられると考えたのである。
私は、また、現状の保釈制度を被勾留者が安易に用いてはならないと考えていた。裁判所にお願いして、逃げない担保として保釈金を積み、移動も制限され、しかも保釈後は面会や電話はもとより、第三者を通じての伝言のやりとりもできない人物が指定される。このような状況に、わざわざ自ら陥ることもあるまい。
こうした私の理屈に対して、弁護人は次のように述べた。
「確かに理屈としては、佐藤さんの言うことは筋が通っています。しかし、法実務の世界の運用には馴染みません」
「先生、法曹村の掟とは別次元での話です。国際スタンダードで私の言っていることは筋が通っています。一見、法律専門家には馬鹿げて見えることでも、ここで筋を通しておけば、後で必ず役に立ちます。この経緯をきちんと残し、ロンドンのアムネスティインターナショナル本部に送り、日本の人質裁判が国際人権スタンダードからいかにずれているかを訴えれば、それなりの効果はあります」
そう熱弁を振るう私をなだめるかのように、弁護人はこう言った。
「佐藤さんの理屈はよくわかります。しかし、それは裁判所を不必要に刺激するので公判戦術上得策でありません」
外交村には外交村の掟が、特殊情報の世界にはインテリジェンスの掟があることを私はよく理解している。掟は法律よりも重要なことがある。私はこの問題でこれ以上自説には固執せず、法曹村の掟を尊重することにした。
【解説】
三十一房の隣人
マンガではこれですね。

あさま山荘事件で死刑判決を受けた坂口弘のことが書かれていますが、割愛しました。
獅子風蓮