d-マガジンで興味深い記事を読みました。
引用します。
サンデー毎日2025年8月17・24日合併号
なぜ世界から非難されても、イスラエルは戦争を続けるのか
ニュースでは見えない、パレスチナ紛争の本質を知る
対談:鶴見太郎(※)×大治朋子(*)
(※)東京大大学院総合文化研究科准教授
(*)毎日新聞 専門編集委員

(つづきです)
「ハマスはナチス」という発想
大治 パレスチナ人が住むエリアとイスラエルの間に、イスラエルが2002年ごろから「テロ対策」と称して分離壁を造り始め、双方の交流が非常に少なくなったのも心理的分断を促した要因の一つだと思います。パレスチナの子どもが私に「イスラエル人って、軍服を着て銃を持っている人のことでしょう」と言ったことがあるんです。つまりチェックポイントにいる兵士しか見たことがないんですね。かつて壁がなかったころはパレスチナ人の多くがイスラエル側に働きに来ていたので、「パレスチナ人は嫌いだけど、うちの店で働くムハンマドはいい奴」といった感覚があったのですが、そういう感覚が失われてしまった。
鶴見 本当にそうですね。特にガザ地区のパレスチナ人は兵士が撤退しても外から監視されているわけです。まさに「天井なき牢獄」です。
大治 私は去年「関心領域」という映画を観たのですが、それはアウシュビッツ強制収容所のすぐ隣に住むナチス幹部の一家が楽しそうに暮らしているという物語でした。それがイスラエルの状況に似ていると感じました。14年夏に起きたイスラエルとハマスの戦争で見た光景を思い出したのです。ガザで取材していたある日、イスラエルの空爆で子どもが殺され、その小さな遺体が、駄菓子屋の店先にあるようなアイスクリームボックスの中に入れられ ているのを見ました。真夏で、遺体がいたまないようにと親が用意したものでした。非常に衝撃的でした。そしてその日の夕刻、取材を終えてイスラエル側に戻ると、ユダヤ人の一家が楽しそうにアイスクリームを食べていました。その様子を見て、ガザの人々がこんなひどい目に遭っているのに、なぜこの人たちはこんなにも楽しそうなのか、何も感じないのか、と
鶴見 例えば日本人でも、自宅の隣に刑務所があったとしても普通に生活しているというのとおそらく似ていると思うんです。つまり刑務所で何が起こっていても関心がないわけですよ。悪いことをした人たちだから痛めつけられても仕方ないぐらいの感覚に近いのではないでしょうか。
大治 私が市民講座などで現地のお話をさせていただくと、一番多く受ける質問が「ホロコースを経験したユダヤ民族が、なぜパレスチナ人をこんなにも攻撃するのか。なぜ平気でいられるのか」というものです。
鶴見 ハマスをナチスに見立ててホロコーストと同じことがここで起こっている、ユダヤ人は罪のない状態で因縁をつけられて殺されていると、イスラエル人の多くは思っています。 ネタニヤフはずる賢い人間なので計算が働いているかもしれませんが、彼も同じことを言っています。だから自身がナチスの側であると微塵も思わず、相手こそがナチスなので今こそきちんと潰さなければという発想になる。ホロコーストの被害を受けた記憶を受け継いでいるからこそ、その発想が強くなるわけです。もう一つは「周囲は助けてくれなかった」という記憶です。どうせ助けてくれないのに、なぜナチスであるハマスをやっつけることを止め るんだという発想ですね。
大治 「ホロコーストを経験したのに」ではなく、「ホロコーストを経験したからこそ」、攻撃を続けるということなんだろうと思います。ところでネタニヤフ首相についてはどう思われていますか?
鶴見 選挙を経ているだけあって、今のイスラエル人の平均からさほど外れていない考えを持っていて、ネタニヤフでなくても展開は大差なかった気がします。現在の情勢をネタニヤフ個人の問題として捉えないほうがいいでしょうね。ただ、とても執念深い人である点は(ロシアのプーチン大統領にも似ていて、やるとなったら徹底的にやるので、せめてもう少し手加減できないものかと思います。
大治 ネタニヤフらしさが出ていたなと感じたのが、イラン攻撃の前日にユダヤ教の聖地である「嘆きの壁」で祈りを捧げ、おもむろに手書きのメモを挟んだシーンですね。その紙には旧約聖書の民数記に登場する「雌獅子のように立ち上がり、雄獅子のように身を起こす民」という言葉が書かれていました。イランという「悪」に獅子のごとく立ち向かうユダヤの民――という趣旨です。非常に宗教的なパフォーマンスでした。しかし彼が強いイデオロギーをもっているかといえば必ずしもそうではない。彼にとってはトランプと同じく政治的に生き残ることが最も大事です。だから常に、なるべく多くの選択肢を確保しておいて、状況に応じて「これだ」と思うカードを切る。それがすごくうまい。長い目で見るとかなり矛盾することをやっているのですが、そのつじつま合わせには宗教上の勧善懲悪的な物語を使うんですね。
和平は百年単位で遠のいた
鶴見 シリアへの攻撃も、ネタニヤフは「シリア国内のイスラム教少数派のドルーズを保護するため」と釈明しましたよね。イスラエル国民にもドルーズ派はいて、彼らはアラビア語ができて親シオニストなので、昔から役に立つという意味で重宝されてきたのです。
大治 イスラエル軍に取材した時に印象深かったことがあります。彼らは攻撃対象や暗殺者のリストを作り、優先順位をつけています。それで相手が攻撃してきたり、政治的に必要性が生じたりすると、優先順位が高い順から攻撃していく。それを彼らは「草刈り」と呼んでいました。伸びてきた草を、タイミングを見て刈る。今回のシリア攻撃も、国内にある軍事施設などが増強される前に破壊しておこう、つまり伸びた草を刈っておこうという判断だったのでしょう。
鶴見 昨年からのさまざまな軍事行動により、ユダヤ人とパレスチナ人の和平はもう絶望的になったと感じます。
大治 はい。残念ながら何百年単位で遠のいたと思います。今後も動向を見守っていきたいと思います。
【解説】
鶴見 昨年からのさまざまな軍事行動により、ユダヤ人とパレスチナ人の和平はもう絶望的になったと感じます。
大治 はい。残念ながら何百年単位で遠のいたと思います。今後も動向を見守っていきたいと思います。
評論家的に、「ユダヤ人とパレスチナ人の和平はもう絶望的になった」と嘆き、「今後も動向を見守っていきたい」とするだけでいいのでしょうか。
日蓮仏法の信奉者として、パレスチナの平和のために、何が具体的にできるか、考えていきたいと思います。
獅子風蓮