最初のころ、私は乙骨正生氏の著書「怪死……」を読んで、女性市議転落に創価学会がかかわっているという疑惑があることを知りました。
このブログでも連載しました。
しかし、別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)でも書きましたが、宇留嶋氏のブログと著書を読み、考えを改めました。

そこで、この本を紹介したいと思います。
宇留嶋瑞郎(うるしま・よしろう)
『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』
ユニコン企画・発行
長崎出版株式会社・発売
(1998.03)
目次
第一章 当選返上
第二章 矢野という「草の根」の来歴
第三章 万引き事件発生
□我田引水の勝利宣言
□長い闘いのはじまり
■接近してきたマスコミ
□客観証言は皆無
□アリバイを公表できない事情
第四章 錯誤と悲痛
第五章 転落死と空白の2時間
第六章 小さな正義
第七章 捜査終結から逆転判決へ
あとがき
第三章 万引き事件発生
接近してきたマスコミ
明代の万引きが表沙汰になったのは7月13日のことだった。7月12日、明代が窃盗容疑で事情聴取を受け、東京地検八王子支部に書類送検されたことが、朝刊各紙でいっせいに報じられたのである。そこには「現場付近には行っておらず、まったく身に覚えがない」とする明代のコメントも同時に掲載されていた。送検されても、明代は容疑を否認しているようだった。だが、警察が書類送検したからには、相当の理由があるのだろうと市民は思ったに違いない。やはりうわさは本当だったのか、と。
支持者の間には動揺が広がっただろう。そして、送検された本人である朝木明代もまた、少なからず動揺していたのは事実のようだった。この日、市議会では「許さない会」が行っていた矢野穂積の議員辞職を求める陳情について検討する第一回総務委員会が開かれたが、ここでもまたちょっとしたハプニングが起きたのである。この日の総務委員会は、総務委員として出席していた矢野が、除斥、退室を求められたにもかかわらず席に居座ったため、結局流れてしまった。ハプニングが起きたのは、そのあとのことだった。
傍聴人として委員会室に来ていた朝木明代のそばを通りかかったある市議が、聞こえよがしにこういったのである。
「万引きで送検されたんだって?」
明代は即座に強い口調でいい返した。
「なによ、送検されたくらいで。まるで鬼の首でも取ったみたいに。現行犯逮捕もできないくせに……」
確かに、黒白はまだ明瞭になったわけではない。終わりの一語は蛇足だが、明らかに一分はある。ヘタに口を挟むのはかえって藪蛇だと思ったのか、矢野はこのやり取りを遠くから黙って見ていた。すると、興奮した明代は、妙なことを口走ったのである。
「だいたい、品物を取り返しておいて問題にする方がおかしいわよ」
――現場付近には行ってもおらず、まったく身に覚えがないはずだったわりには、当事者であるかのような具体的な話だった。いったい、彼女とは何なのか。
仮に明代が現場付近にいなかったとしても、ならばなぜ犯人をこの言葉でかばい立てする必要があったのか。品物を取り返そうと取り返すまいと、万引き行為そのものが許される法はないし、まして戸塚がその犯人を追いかけなければ――犯人が明代であれ他の誰かであれ――品物は取り返せなかった。つまり、これは未遂ではなく、完全な万引き既遂事件なのだった。それを明代はなぜ、未遂事件でもあるかのように言い張る必要があるのか。委員会室に居合わせ、明代の発言を聞いた多くの議員たちは、やはり明代はクロだという確信を持った。「困ったことになった」と思った議員もいた。このとき、矢野はかすかに顔をしかめたという。
しかし、明代の書類送検を境に、東村山を取り巻く空気には、明らかにもう一つの変化が見えつつあった。あくまで無実を主張する明代の周辺に、週刊誌をはじめとするマスコミが集まりはじめ、明代はそのマスコミに向かって無実を訴えるとともに、これが創価学会による陰謀、デッチ上げであると主張しはじめたのだ。
そもそも、「草の根」は92年以降「東村山市民新聞」で公明・創価学会攻撃を繰り返している。前述したとおり、95年2月にも、朝木と矢野が反学会市議とその後援者として『週刊新潮』に登場したという実績があった。また、「草の根」事務所には、反学会ライターのOも出入りしていた。Oと『週刊新潮』とに関するかぎり、両者は学会たたきの記事が出るたびにコメントを出す間柄であり、一説にはOの周辺にはいつも先輩格の段勲、『夕刊フジ』などに連載を持つ内藤國夫といった名だたる反学会ライターなどがいたといわれる。矢野穂積や明代の言い分を何か無批判に受け入れ、あるいはこれが反学会のスローガンなら、進んでこれに便乗しようとするマスコミもすでに定型化してもいるのだろうか。
東京都下の一市議が引き起こしたわずか1900円のTシャツ万引き事件ではとても売れる記事にはならないが、これが創価学会による陰謀であったとすれば、記事に成り立つと考えるのなら、話は別だ。反学会の急先鋒である「草の根」の朝木明代市議が、創価学会の陰謀によって万引き議員の汚名を着せられようとしている――と書きさえすれば、それでビジネス・エンターテイメントとしての報道のみは成り立つ。異を唱える市民や学者もいないのだと称して、みごと、この信仰自体への偏見、韜晦を誘う差別のシステムは、いつも自分たちの超越的立場と無謬への信仰に依存できるからだ。そこでは報道ビジネスとしての差別が少しも悪びれなくてもすむようになる。こうして、従来から学会たたきには慣れ、あるいは学会たたきで部数を稼いできたことのある一部のマスコミにとって、こんなストーリーを受け入れるのは、いまではもはや、それほど難しい話ではなくなったとでもいうのだろうか。
7月14、15日には早くも『夕刊フジ』と『日刊ゲンダイ』が、以下のような取材態度で事件を取り上げた。
〈――どういう事情があったか聞かせてください。
「まったくのデッチ上げです。弁護士と相談して、今日にも誣告罪で告訴の手続きを取るつもりです」
――真相はどうなのですか。
「私は事件があったとされる時間にはまったく別の場所にいました。証人もいます。今度の事件には政治的な背景が感じられます。私は市議として草の根運動を続けていますが、公明党と戦争状態なのです。洋品店の女性店長も党員なのです。(公明にとって)私の存在は目の上のタンコブでうざったいのでしょう」〉(7月14日付『夕刊フジ』)
〈「当日午後は同僚市議と別の場所にいたから、万引きは私ではない。事件は公明市議と創価学会員のブティック経営者によるデッチ上げ。私が3年前から公明・学会グループの人権侵害を追及してきたことを恨んで、万引き犯に仕立て上げたのです」(朝木市議)
もちろんブティック側は「朝木市議の顔を見間違えるはずがないし、ウチが学会員なんて大ウソです」とカンカンだ。双方とも主張を譲らないが、市民の反応は朝木市議に分が悪い。……陰謀なのか、それともたんなる万引きなのか。東村山市民はコトの成り行きに興味津々だ〉(7月15日付『日刊ゲンダイ』)
「日刊ゲンダイ」だけはまだ中立のポーズを取っていたものの、『夕刊フジ』の方は明代の言い分を一方的に取り上げただけの完全な無調査、たれ流しインタビューである。しかも驚くべきことに、『夕刊フジ』のインタビュー記事は後続記事の露払いにすぎなかった。再び7月28日付同紙では、内藤國夫が「“草の根グループ”の怒り」と題する記事を自ら執筆し、どこにどんな根拠があってか〈朝木市議にとっては全くの無実の罪。犯行現場とされる洋品店に出かけてさえいない。幸いにというべきか、犯行日時とされる時間帯には別の場所にいて証明が可能である。警察(東村山署)はろくに事情聴取もせず、調書もとらないお粗末さ。〉などと反学会のイデオロギーの上、反警察の思想的風情まで、たっぷり込めて断定したのである。その上、念の入ったことに『夕刊フジ』は、7月16日には矢野穂積が、何者かに挑発された末に前歯を折られるなどの暴行を受けた、などというどこまで本当かわからないような話まで持ち出し、矢野、朝木のこんなコメントが紹介された。
〈「私たちを邪魔な存在と考える何者かが、私たちに“万引き議員”“暴力議員”のレッテルを張り、草の根グループの市議会からの追放をたくらむ陰謀を始めたのです。そして何者かとは創価学会・公明党の関係者であると私たちは考えています」〉
翌7月29日付でも『夕刊フジ』は「万引き市議は潔白か ナゾ深まる東村山の怪」と題する追いかけ記事を掲載する。彼らの報道がいったいどんなビジネスか、面白いので紹介してみよう。ここではまず、
〈「ウチは昨年にも同様の被害があり、そのときは現行犯でなかったので届けませんでしたが、気をつけていたんです。市内でも有名な方ですし、人違いってことはないですよ」〉
とする「スティル」側の主張を三回目にしてはじめて取り上げている反面、これに反論するかたちで次のような朝木明代のコメントを紹介し、遠回しながら「スティル」側の言い分が必ずしも法的には、実証ずみでも絶対的でもないことを印象づけるものとなっていてなかなか巧妙だ。確かに、容疑は容疑、たとえ警察権が介入したとしてもそれは実証ではないからだ。しかし、こうした配慮の中で明代は語る。
〈「この事件は創価学会の陰謀としか考えられない。1900円のシャツ1枚。商品がなくなったわけでもなく、実害もない事件に警察が被害届を取り上げたこと自体、政治的動きといわざるを得ませんが、私にはアリバイがありますし、必ず無実の罪を晴らします」〉
「1900円のシャツ1枚。商品がなくなったわけでもなく、実害もない事件に警察が……」というのは、しかし、どういう明代の事実証言なのか。たった1900円ぽっちのシャツ1枚盗んだくらい、しかも、捕まえられて商品は返したのだから実害は与えておらず、なのになんで警察がといった心情吐露は、とても普通にはめったに聞ける弁明ではあるまい。だから、裏には創価学会があるのだとする説は、すでに没論理を超えて事態の異常をしか意味しまい。本当にこんなものが客観記事として通用するのか。さらに記事は、書類送検の日に公明市議が東村山署を訪れて署長室に入ったこと、書類送検の前日には、地元記者宛に事件を糾弾する匿名のファックスが送られ、検直後にも市内のあちこちに「草の根」を攻撃するビラが貼られていたなどの朝木談を紹介し、「手回しがよすぎる」として(誰か第三者による)陰謀事件の可能性をしきりににおわせたものだった。
〈「警察はアリバイは崩し、証拠も用意している。立証には自信を持ってます。いろいろアチラ(朝木市議側)はいっておるようですが、裁判になれば事実がハッキリする。引っ込みがつかなくならぬよう責任ある発言をしてください」〉
記事の最後で申し訳のようにこの警察側のコメントを入れたものの、実は本当の被害者がささいな万引きで送検された朝木明代であるかのように印象づける基本トーンがなんら変わるものではなかった。
【解説】
そもそも、「草の根」は92年以降「東村山市民新聞」で公明・創価学会攻撃を繰り返している。前述したとおり、95年2月にも、朝木と矢野が反学会市議とその後援者として『週刊新潮』に登場したという実績があった。また、「草の根」事務所には、反学会ライターのOも出入りしていた。Oと『週刊新潮』とに関するかぎり、両者は学会たたきの記事が出るたびにコメントを出す間柄であり、一説にはOの周辺にはいつも先輩格の段勲、『夕刊フジ』などに連載を持つ内藤國夫といった名だたる反学会ライターなどがいたといわれる。矢野穂積や明代の言い分を何か無批判に受け入れ、あるいはこれが反学会のスローガンなら、進んでこれに便乗しようとするマスコミもすでに定型化してもいるのだろうか。
その後、Oこと乙骨さんは、矢野穂積や明代の言い分を何か無批判に受け入れて、著書「怪死……」を書きました。
もっと、客観的な事実に基づいて書くべきでした。
獅子風蓮