獅子風蓮のつぶやきブログ

創価を卒業し、組織にしばられず、いろいろ考えたりしたことや、読書感想などを書いています。

宇留嶋瑞郎『民主主義汚染』を読む その23

最初のころ、私は乙骨正生氏の著書「怪死……」を読んで、女性市議転落に創価学会がかかわっているという疑惑があることを知りました。
このブログでも連載しました。

しかし、別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)でも書きましたが、宇留嶋氏のブログと著書を読み、考えを改めました。

そこで、この本を紹介したいと思います。
宇留嶋瑞郎(うるしま・よしろう)
『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』
ユニコン企画・発行
長崎出版株式会社・発売
(1998.03)

目次

第一章 当選返上

第二章 矢野という「草の根」の来歴

第三章 万引き事件発生

第四章 錯誤と悲痛
 □中年女性からの電話
 □お礼参り
 ■自信満々のアリバイ供述
 □最後の取調室
 □明代の内心に弱気の陰
 □二人の言い分にくい違い
 □「びっくりドンキー」に現れた明代

第五章 転落死と空白の2時間

第六章 小さな正義

第七章 捜査終結から逆転判決へ

あとがき

 


第四章 錯誤と悲痛

自信満々のアリバイ供述

もう少し、週刊誌的な推理ではなく「事実」として前後の模様をみよう。
朝木明代からジャーナルのコピーを依頼された「びっくりドンキー」の店長が、札幌にある本部からジャーナルの控えを取り寄せたのは電話があった翌日の7月1日。そして明代が電話をしてから翌々日の7月2日、店長の記憶によると、明代は矢野を含む男女二人ずつの計4人でジャーナルのコピーを受け取りに来た。4人の座ったテーブルにコピーを届けた店長は、これでいいでしょうかと確認を求めた。そのとき、朝木明代の名前を店長はその時点ではまだ知らないが、テーブルについた4人のうちの二人、明代と矢野が常連客であることには気がついた。
矢野と明代は店長から手渡されたジャーナルを慎重に確認した。ジャーナルには、6月19日の日付と15時半ごろの精算時刻、人数は二人であったことが確かに記録されていた。矢野と明代は顔を見合わせた。「これだ」とにんまりし合ったのだろう。「ありがとう」と店長にいったという。何にも知らなかったから店長も答えた。「いいえ、どういたしまして」。こうして、彼らはアリバイの証拠として使うジャーナルのコピーをまんまと入手したのである。ジャーナルに記録されていたテーブル番号は17番だった。店長が黙って見ていると、矢野と明代は17番テーブルの位置を確認して店を出た。
さて、朝木明代が東村山警察から第二回目の出頭を要請されたのは、ジャーナルのコピーを手に入れてから二日後の7月4日である。
取調室に入った明代は、大声を出すでもなく取り乱すでもなく、6月30日のときとはうって変わって自信満々の様子だった。この日、明代によれば、万引き事件の発生した6月19日の行動は次のようなものだった。
午前中は矢野と一緒に議会に出て、午後2時過ぎ、明代は東村山駅前の拓銀に用があったためそこで矢野といったん別れ、矢野は一人で一足先にレストラン「びっくりドンキー」に向かった。一方、明代は午後2時12分に、拓銀で一件振り込みをし、一度事務所に書類を置きに戻ったあと「びっくりドンキー」に向かったという。矢野と合流したのは午後2時半ごろ。その後、明代と矢野は午後3時半ごろまで食事をしてそのまま事務所に帰っており、その日はブティック「スティル」周辺には行ってもいない――明代はよどみなくこう説明したのである。つまり、万引きのあったとされる3時15分ごろについては、自分には完璧なアリバイがあり、矢野という証人もいるというのだ。さらに、食事の内容について聞かれた明代は、食事をしたという17番テーブルの位置まで示し、二人が食べたのは同じレギュラーランチで、「とってもおいしかったから、よく覚えている」とまで答えたのだった。そして、これがその証拠ですと、7月2日に「びっくりドンキー」で入手したジャーナルのコピーを差し出したのである。そんなりっぱなアリバイがあったのなら、6月30日の段階でなぜそういわなかったのかと担当官は不思議に思った。
そこで担当官はもう一度、戸塚や数人の目撃者が、犯人は明代に間違いないといっていること、そして事件当日のアリバイが確かなものかどうか念を押した。しかし、何度聞いても、明代の答えは同じだった。
そのころ、取調室の外では戸塚と数人の目撃証人による面通しが行われていた。単純な万引き事件としては異例だった。戸塚や証人たちは口々にいった。「万引きしたのはあそこに座っている朝木明代に間違いありません」。その間、頑強に容疑を否認する明代の大声が取調室の外にまで響いていた。
「やってないっていってるでしょ! 創価学会の陰謀です!」
東村山署は明代が置いていったジャーナルのコピーと供述をもとに裏付け捜査を開始した。まず、議会を出て2時12分に銀行に寄ったという供述に間違いないことは、防犯カメラのビデオによって確認された。ここまでは明代のアリバイはあった。では、明代が6月19日、午後2時半から3時半まで「びっくりドンキー」で矢野と食事をしていたというのは本当なのか。明代のいうとおり、警察は午後3時半ごろに、精算した二人連れの客がいたことをジャーナルによって確認した。ところが、ここから先が、おかしかった。
ジャーナルに記録されているのは日付と精算時刻、料理内容、人数、テーブル番号、それに伝票番号である。しかし、矢野と明代はジャーナルによって、“精算時刻”は確認していたが、同じ伝票番号のついた注文伝票に“注文時刻”が記録されていることにまでは気が回らなかったもののようだった。捜査員がジャーナルに基づいて注文伝票を照合すると、事実は、その二人連れが「びっくりドンキー」で料理を注文していたのは午後1時過ぎだったのである。仮に2時半ごろ「びっくりドンキー」に行ったとする明代の供述が記憶違いだったとしても、午後1時過ぎに料理を注文した者が、食事を終えたあといったん「びっくりドンキー」を出て2時12分に銀行に寄り、また戻ってきて3時半に精算するというのはどういうことか。いくら考えても不自然である。
もちろん、7月4日、当日の行動を詳細に説明した明代の供述の中にも、そのような内容は含まれていなかった。当日のジャーナルの控えと注文伝票を、すべて調べても、明代の供述を裏付けるものはもちろん、それに近いものもなかった。果然、明代のアリバイは怪しくなった――。どうやら、明代は実際の記憶ではなく「びっくりドンキー」で入手したジャーナルに沿って供述したものではないか。とすれば、これはアリバイ工作である。
捜査員には新たな調査が必要になった。そして彼らが従業員に確認したところ、6月19日に、店内で常連客である矢野と明代を見かけた者は一人もいないことがわかった。17番テーブルは、店のほぼ中央部に位置している。従業員が食器や水の出し入れをするドリンカーと呼ばれるスペースのちょうど真ん前にある。
ドリンカーには絶えず従業員が出入りしている。1時間も座っていれば、従業員の目にもつくし、記憶に残っていても少しも不自然ではない。
ところが、6月19日、常連客である矢野と朝木が17番テーブルに座っていたことを記憶する従業員は一人もいなかった。
さらに、当日そのテーブルを担当していた従業員の記憶では、明代が供述の中で示した17番テーブルに座っていたのは男女ではなく、確かに女性の二人連れだった。当日、その従業員は胃の具合が悪く、病院に行くために4時過ぎに早退していた。その中で、容易に腰を上げてくれないその女性の二人連れが担当した最後の客だったということで、たまたま記憶に残っていたのだ。女性の二人連れは、1時間どころか、1時過ぎから3時半まで2時間半近くも、そのテーブルでおしゃべりしていたのである。
明代の供述が本当だとすれば、矢野は議会を終えたあと、どこかで女装して「びっくりドンキー」に行ったことになる。が、いくら矢野が普通でないといっても、そんな風変わりな趣味があるという話はさすがに捜査員も聞かなかった。明代のアリバイは崩れた。店長にジャーナルの再発行を依頼したときには何を食べたか覚えていないといったものを、事情聴取では「食べたのはレギュラーランチで、とてもおいしかったからよく覚えている」といい、テーブル番号まで示したことが、すなわち明代と矢野がそこにいなかったことを証明することになったのだ。

 


【解説】

緻密な調査によって、明代たちのアリバイが崩されていきます。

これによって、『びっくりドンキー』から手に入れたレシートは別人のもので、二人はその時間帯に店内にいなかったことが証明されてしまいました。


獅子風蓮