
まっちんさんのXでのポストで、友岡さんの書いたパレルモ大学のスピーチが素晴らしいとありました。
このスピーチも読んでみたいと思い、探してみました。
07.03.23:パレルモ大学での記念講演
池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は23日(現地時間)、イタリアの名門・国立パレルモ大学の教育学部「名誉コミュニケーション学博士号」を受章した。これに際し、 「文明の十字路から人間文化の興隆を」と題する記念講演を発表。同大学で行われた名誉博士号授与式の席上、池田博正副理事長が代読した。
「文明の十字路から人間文化の興隆を」
心より尊敬申し上げるシルヴェストリ総長、またレンディナーラ教育学部長、ラ・スピーナ・コミュニケーション学科長、さらに、ご臨席の教職員の先生方、学生の皆様方、そして、すべてのご来賓の皆様方。
はじめに、貴パレルモ大学の創立200周年を心より慶祝申し上げます。この意義深き佳節を、貴大学の新たな一員としてお祝いすることができ、これに勝る光栄はございません。
本来ならば、こちらから参上すべきところ、寛大にも代理授与をご承諾くださいました、総長はじめ諸先生方のご厚情に、重ねて御礼を申し上げます。
ただいま私は、栄えある「コミュニケーション学」の名誉博士号を賜りました。人類の未来を展望するうえで、この「コミュニケーション」というテーマほど、重要な意義を有する課題はないと、私は考えてきた一人であります。
なぜなら現代は、コミュニケーションの手段や技術の目覚ましい発達にもかかわらず、人間の心と心を結ぶ「対話」が、依然として欠乏していると言わざるをえないからであります。
17世紀の哲学者パスカルは、こう記しました。
「滑稽な正義よ、川ひとすじによって限られるとは! ピレネ山脈のこちら側では真理であることが、向こう側では誤謬なのだ」(松浪信三郎訳「パンセ」、河出書房新社『世界の大思想8』所収)
地理的境界が人々を隔てたこの“奇妙さ”を、果たして現代人は、「昔話」として笑うことができるでしょうか。
現代世界において、人々を隔てる「物理的距離」は、かつてないほど縮まりました。それにもかかわらず、対立や紛争は、深刻に渦巻いております。
それどころか、異なる「民族」や「宗教」に向けられた憎悪が、インターネットを通して、瞬く間に世界中に増幅され、社会的緊張を高めるケースさえ増えてきました。
世界はまさに、ヤマアラシが近づけば近づくほど、互いを針で傷つけ合うような、矛盾といらだちを抱えた様相を呈しているのであります。
昨年11月、私は、ノーベル平和賞を受賞された、国際原子力機関のエルバラダイ事務局長とお会いしました。
その折の事務局長の指摘が、心に深く残っております。
「私たちは、それぞれの『差異』ばかりを強調し、 『共通点』を見落としがちです。常に『我ら』と『彼ら』という立て分けをして、物事を見がちです」と。
そうではなくして、人間として、互いの「共通点」を、いかに見出していくか。互いの「差異」を「多様性」として、いかに学び合い、自らを豊かにしていくか。
ここに、現代世界に生きる私たちが、真摯に向き合うべき、喫緊の課題があるといっても、決して過言ではないのであります。
そこで本日は、新たな「コミュニケーション」のあり方と要件をめぐって、
一、価値創造の源泉としての文明間交流
一、内発的精神に基づく開かれた対話
一、教育による「平和の文化」の創出
──の3点にわたって私の所感の一端を述べさせていただきます。
(つづく)
【解説】
私たちは、それぞれの「差異」ばかりを強調し、 「共通点」を見落としがちです。常に「我ら」と「彼ら」という立て分けをして、物事を見がちです。
そうではなくして、人間として、互いの「共通点」を、いかに見出していくか。互いの「差異」を「多様性」として、いかに学び合い、自らを豊かにしていくか。
ここに、現代世界に生きる私たちが、真摯に向き合うべき、喫緊の課題があるといっても、決して過言ではないのであります。
同感です。
これこそ、紛争の絶えない現代こそ、求められている思想だと思います。
* *
この優れたスピーチの原稿のゴーストライターは、私の尊敬する友岡雅弥さんだそうです。
参考:Xでのまっちんさんのポスト
まっちん
@furtwaenglerKna
先生のパレルモ大学のスピーチに感動してたら、友岡さんから、それ、自信作です、と。
え!?とゆったら、池田先生も内容があまりに素晴らしいから、ひろまさに読ませないで自分が読みたい、と。
そんなやりとり、友岡さんとあった。
午前8:18 ・ 2025年12月4日
ゴーストライターがいようがいまいが、内容が素晴らしいなら、それはそれでいいのではないかと最近は思うようになりました。
獅子風蓮