最初のころ、私は乙骨正生氏の著書「怪死……」を読んで、女性市議転落に創価学会がかかわっているという疑惑があることを知りました。
このブログでも連載しました。
しかし、別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)でも書きましたが、宇留嶋氏のブログと著書を読み、考えを改めました。
そこで、この本を紹介したいと思います。

宇留嶋瑞郎(うるしま・よしろう)
『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』
ユニコン企画・発行
長崎出版株式会社・発売
(1998.03)
目次
第一章 当選返上
第二章 矢野という「草の根」の来歴
第三章 万引き事件発生
第四章 錯誤と悲痛
第五章 転落死と空白の2時間
□朝木明代が行方不明?
■他殺の材料は発見されず
□警察は事件性薄いと判断
□矢野の涙声の意味
□一気に過熱した一部マスコミ
□自殺説を否定するために
□直子はついに現れず
第六章 小さな正義
第七章 捜査終結から逆転判決へ
あとがき
第五章 転落死と空白の2時間
他殺の材料は発見されず
警察犬を導入しての現場検証が始まったのはまだ薄暗いうちである。明代が倒れていた「ロックケープビル」裏には、同ビルと7、80センチの間隔を置いて、隣接する駐車場との境界を仕切る高さ126センチの金属製の柵があった。その柵の一部が、1、2メートルにわたって大きく駐車場側に湾曲し、柵とビルの隙間の地面から潜望鏡のように突き出していた白い円筒状の排気口が、ほっきりと根元から折れていた。またビル五階と六階の間の踊り場の手すりには、明代のものとは特定できないものの、外側からつかまったかたちでついた指のこすった跡が発見された。踊り場の手すりは五階から上へ0.9メートル、1.3メートル、1.5メートルの三段の屈折構造で、身長160センチの明代なら自力で乗り越えることは可能と考えられた。
現場と遺体の状況から、明代はこの踊り場の手すりの上から足を下にした状態で落下、右側胸部を柵に激突させ、その直後、足が着地するとほぼ同時に、右足大腿部から臀部にかけての部分が排気口の上にのしかかったものとみられた。
当時、明代が着ていた薄い紺色のツーピースのズボンの右側大腿部から臀部にかけて、横向きにこすったような白い塗料のようなものが付着しており、鑑定の結果、排気口のものと一致した。では、明代の転落死は自殺、事故、あるいはなんらかの事件に巻き込まれたものなのか。
その判断を左右する重要な鑑識材料は二つあった。ひとつは、明代の遺体の特徴だけでなく、衣服にも不自然な破れやボタンが飛ぶなど人と争った形跡が見られなかったこと。そしてもうひとつは、明代の遺体が靴を履いておらず、しかもストッキングの足の裏側が一部破れており、ストッキングの破れの部分と足裏の汚れが一致していたことだった。
つまり、明代は、どこからか裸足で歩いてビル五階と六階の間の踊り場まで行き、手すりを越えて転落したものと考えられた。では、何者かによって現場ビルまで強引に連れてこられ、突き落とされた可能性はどうか。
過去の事例では、突き落とされたり放り投げられたりといった第三者による強制力が加わった場合、人は頭から落ちるし、放物線を描いて落下するから、真下に落ちることはない。一方、明代はビルから1メートルも離れていない柵に内側から激突している。ほぼ真下に落ちたと考えてよかった。仮に第三者が介在していて、明代を足から垂直に落としたとすればどうか。その場合、犯人は腋とか手首あたりをつかむだろう。しかし、明代の遺体には何者かにつかまれた痕はなかった。現場と遺体の状況からは他殺の疑いは出てこなかった――。

周辺の聞き込みから、転落直後の模様もしだいにわかってきた。「ロックケープビル」五階の住人が、「キャーッ」という悲鳴と、ほぼ同時に「ドスン」という音を聞いたのは9月1日午後10時ごろだった。30分後、同ビル一階にある「モスバーガー」の女性アルバイト店員がゴミ捨てに行った際、人が横たわっているのを発見、店長に伝えた。
店長が現場に行ってみると、中年の女性が倒れ、苦しんでいる様子だった。店長は声をかけた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です」
店長は、何度か繰り返しそう尋ねたが、女性はそのたびにはっきりした声で「大丈夫です」と答えたという。もしかしたらビルから落ちたのではないかと店長は思い、続けてこう聞いた。
「落ちたんですか」
すると、女性は何度も顔を横に振った。店長は「ちがう」という意思表示だと受け取ったという。
しばらくして、隣の駐車場の管理人が異変に気がついて現場にやってきた。現場には人が倒れており、そばには「モスバーガー」店長が心配そうに立っていた。そのうち、最初に発見した女性アルバイト店員も、もう一度現場に戻ってきた。彼女も倒れている女性を心配して声をかけた。
「痛くないですか」
「大丈夫です」
まだしっかりした声だった。それでも駐車場の管理人は、アルバイト店員に交番に届けるよういい、救急車を呼んだ方がいいと繰り返した。アルバイト店員は倒れている女性に聞いた。
「救急車を呼びましょうか」
「いいです」
苦しそうではあったが、女性ははっきりした声でそういった。しかし、ケガ人を前にして誰もこのまま放っておくわけにはいかなかった。アルバイト店員が30メートルほど離れた交番に通報、救急車の手配を要請したのは午後10時45分ごろ――。そのアルバイト店員が現場に戻って、しばらくして交番の警察官もやってきた。発見当初は仰向けだった女性はうつ伏せになり、苦しんでいる様子だった。
アルバイト店員は何度も何度も必死で声をかけた。
「しっかりしてください。もうすぐ救急車が来ますから、がんばってください」
警官は身を屈めて名前を尋ねた。しかし、救急車が現場に到着する前に女性は反応しなくなっていた。救急車が、現場に到着したのは午後10時56分。そしてその約20分後の午後11時16分、現場での緊急手当てをして救急車は所沢の防衛医大病院に向けて出発した。
「モスバーガー」の女性アルバイト店員が明代を発見してから約15分の間に、明代から一言も被害を訴える言葉はなく、それどころか救急車を断っていることがわかった。既述した状況証拠の中で、警察がこの会話を最も重要視したのは当然だったと思われる。現状においての千葉の知る限り、これまでの取り調べなどにおける明代の言動からすれば、第三者が介在したのなら真っ先に「やられた」とか「助けて」と訴えるのが自然と思われた。しかし、明代は、一言も被害を訴えず、それどころかどうも救急車を断ったのだ。
その後、周辺の聞き込みでは、目撃者はまだ見つからないものの、「ロックケープビル」の住人を含め、当時、ビルの周辺で人の争うような物音や声を聞いた人はいなかった。警察犬を動員した現場の捜索でも、落下前に脱いだと思われる靴や明代の遺留品は発見されなかったものの、事件の発生を裏付けるような発見もなかった。残念ながら、警察犬は明代の臭跡を見つけられず、明代がどのような経路で現場ビルまで行ったのかは特定できなかった。現場周辺は明代がいつも行き来するエリアで、どの臭跡が事件当時のものかまでは警察犬にも特定できなかったのかもしれない。
しかし、現場と遺体の状況、明代が「モスバーガー」店員と交わした会話の内容からみて、自殺とはまだ断定はできないものの、少なくとも事件性は薄いというのが千葉英司の判断だった。万引きで送検されていた一件もある。東京地検八王子支部への明代の出頭日は4日後に迫っていた。現場の「ロックケープビル」は東村山駅東口ロータリーに面しており、東口駅前交番からは約30メートル。明代が歩いて昇ったとみられるビル側面の階段は、交番から視認できる位置にある。しかも夜の10時といえば、東村山駅周辺はまだ通勤のサラリーマンなど人通りは多い。東村山周辺には車で10分も行けば人けのない場所はいくらでもある。人を拉致して殺すのに、たとえ自殺を偽装する意図でも、わざわざ市内で最も人目につきやすい場所を選ぶような挑戦的な、あるいはバカな犯人がいるとも思えなかった。
【解説】
アルバイト店員は倒れている女性に聞いた。
「救急車を呼びましょうか」
「いいです」
苦しそうではあったが、女性ははっきりした声でそういった。
これが事実なら、これだけで他殺説は否定されます。
それに対して乙骨氏の『怪死……』では、店長は朝木氏に「救急車を呼びましょうか」と問いかけた事実はないと断言したと書かれています(p208)。
別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)で紹介した、筋金入りの反創価学会ジャーナリスト、野田峯雄氏の著書では、店長を代理する形で、「モスバーガー」店の経営者・鈴木氏が説明に当たっています。
なぜ店長が取材に応じなかったのか、気になるところではあります……
(朝木に)質問した。M「大丈夫か」といって揺り動かす。(大丈夫か、と)二、三回、聞く。「大丈夫です」とはっきり答えた。M「フェンスどうしたんですか」と聞く。返事なし。M「落ちたんですか」。(朝木市議は)首を振って「いいえ」と答えた。「いいえ」と答えたことは、はっきり(Mの)記憶にあり。
(中略)
(Mが朝木市議に)「救急車呼びますか」と聞いたか、聞かなかったか、本人(M)もはっきりとせず。
いずれにせよ、創価学会批判者の立場のジャーナリストが、転落時の朝木氏の様子をこのように書いていることは重要です。
もし朝木氏が何者かに突き落とされたなら、誰かにやられたとか叫ぶんだと思います。
モスバーガーの店長の呼びかけに、「大丈夫です」とはっきり答えたというのはおかしい。
これだけでも、他殺説は否定されると思われます。
(Mが朝木市議に)「救急車呼びますか」と聞いたか、聞かなかったか、本人(M)もはっきりとせず。
と書いてありますが、乙骨氏の『怪死……』では、店長は朝木氏に「救急車を呼びましょうか」と問いかけた事実はないと断言したと書かれています。
ニュアンスがだいぶ違いますね。
そもそも、宇留嶋瑞郎のこの著書では、「救急車を呼びましょうか」と朝木氏に聞いたのは女性のアルバイト店員であり、店長とは書いてありません。
乙骨氏は『怪死……』のp198に次のように書いています。
事件後、直子さんは知人の紹介で、第一発見者のアルバイト店員と接触しているが、 その際、アルバイト店員は、警察が自らの捜査結果と符合するよう供述を誘導したこと、また、遺族やマスコミと接触しないよう強要したことを聞いたという。
実際、私をはじめとするマスコミ陣も、第一発見者のアルバイト店員および第二発見者である「モスバーガー」店長に直接取材を試みたが、いずれも拒否され、第二発見者の店長に対する取材は、「モスバーガー」オーナーが取り次ぐという形で行われた。
これに関して、宇留嶋氏のブログでは、次のような記載があります。
実は、直子がこのアルバイト店員に接触して間もなく、アルバイト店員の父親から東村山署に1本の電話がかかってきていた。父親はこう憤っていたという。自分の娘は、たまたま明代の転落現場に居合わせ、善意で「救急車を呼びましょうか」と呼びかけてやったのに、「母が救急車を断るはずがない」と、直子から一方的に証言内容を否定され、非難の言葉を浴びせられたと。
普通、人助けのお礼をいわれて怒る者はいない。それも、父親がわざわざ東村山署に電話してきたほどだから、アルバイト店員はよほど悔しかったのだろう。
父親は、あまりにも理不尽な直子の態度を訴えたかっただけではあるまい。直子が再び「母が救急車を断ったはずがない」といって、アルバイト先に押しかけてくる可能性がないとはいえなかった。それを危惧した父親は、東村山署に電話したということと推測できた。
【「東村山」の民主主義汚染を検証する】
第3章 「東村山事件」とは何だったのか
第41回(2023/03/11 12:57))
実際のところは、このアルバイト女性店員を訪れた朝木直子が、「救急車を呼びましょうか」と呼びかけてもらったのに「母が救急車を断るはずがない」と、一方的に証言内容を否定し、非難の言葉を浴びせたのでしょう。
そのため、事件とのかかわりを恐れて、この女性店員も店長も、乙骨氏の取材を断り、他の取材にも出なくなり、代わりにモスバーガーの社長が会見したということでしょう。
獅子風蓮