
友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」より
いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。
カテゴリー: WAVE MY FREAK FLAG HIGH
ギターの歴史を変えたジミ・ヘンドリクス作曲の“If 6 was 9”の歌詞の中に出てくる言葉をヒントにしています。
(中略)
この曲は、そういう「違う生き方」を象徴する曲とされています。「異者の旗を振ろう」という意味ですね。
このタイトルのもとで、繁栄のなかの息苦しさを突破する「違う生き方」の可能性、また3.11以降の社会のありようを考える哲学的、宗教的なエセーを綴ろうと思っています。
2018年7月19日 投稿
友岡雅弥
東日本大震災以来、東北で、私は人生を変えるような、貴重な経験を、たくさん重ねさせていただきました。
その経験のなかで、震災直後に出会ったOさんのことを、少し述べたいと思います。
まだ、瓦礫がそのまま残っており、遺体捜索などが行われ、津波の海水もあちこち引かずに残っている段階だったので、Oさんとの出会いは、特に印象に残りました。
何かせねば、でも何もできない。自分としては、そんな混乱のなかでの出会いであったこと。
そして、すでに、Oさんは、具体的に、着実に、「今」「数ヶ月後」「数年後」と、短期的、中期的、長期的な複数の視野をもって、活動をされていたから。ことばに、 具体性があったし、展望がありました。
私自身が五里霧中だったので、「展望」は、「希望」を意味しました。
Oさんは、大学の教授であると同時に、障がい者の支援団体の代表でもあり、日ごろの障がい者支援の延長で、震災に際しても、自然に被災者支援に東奔西走されていました。
また、「避難所」→「仮設住宅」→「復興住宅」などのフェイズ、またその被災者の、さまざまな経済的、身体的な課題に、細かく対応できるように、数々の「手引書」 を著されていきます。
この「手引書」は、単なる「マニュアル本」ではなく、ほんとうに細やかな配慮が行き届いたもので、仮設住宅、復興住宅の独居者の家庭訪問支援員さんが、何人も、持ち歩いていたのを見ました。
Oさんには、被災者支援の現場、障がい者支援施設、大学と、何度もお会いしましたが、その都度、自分の至らなさというか、想像力のなさ、支援というものに対する中途半端な姿勢を、反省ばかりしていました。
そのなかで、自分のいのちの基盤に打ち込まれたOさんの考え方を書きます。
ただし、Oさんは、「指導」とか「指針」とか「訓導」されたのではなく、ご自身の反省と気づきとして、独り言として、ぽつりぽつりと語られたものです。
・障がい者や、災害の被災者は、日常的に我慢に我慢を重ねている――そんな人に「贅沢をいうな、我慢しろ」なんて、言えるはずがない。これ以上、何を我慢すればいいのですか?
・障がい者や被災者は、苛酷な日常を生きてきたサバイバーである。
「私」ならば、そんな人生を生きれるか、と自分に問うてみよう。謙虚になれるはず。尊大には振る舞えないはず。
・支援とは、自分は上にいて、「上から引き揚げる」ものではなくて、あくまで、「下から支える」もの。
*この話を聴いたとき、釜ヶ崎のふるさとの家の本田哲郎神父のことばをおもいだしました。
「理解する」とは英語でunderstand、つまり「下に立つ」ということ。
下に立つことによって、その人のことがよく理解できる。また、社会は底辺に立って、始めて全体が分かる、とよく言われているのをおもいだしました。
さて、この僕のいのちの底に打ち込まれたOさんの考え方は、かなり僕の生きる姿勢を変えたと思います。
指導するより、面倒みよう。
指導者より、支援者であろう。
リーダーではなく、サポーターであろう。
そして、それは、これからの人類の未来にとって、とても大事なことだと思います。
ある意味、グローバル人材育成の最高峰と、日本では思われているハーバード・ビジネススクール。
今までは、大学内の教室でパソコンから各種統計とかを出してきて、教室いながらにして、例えば、東アフリカのA国の保健医療制度を設計するとかいう、「ケース・スタディーズ」をしてきた。
当事者がいないところで、議論をしてきた。
しかも、超エリート養成学校なので、ホワイトハウスのスタッフとかになる場合が多いので、世界情勢に直接影響を与えてしまう。
それをハーバード・ビジネススクールは、「今まで百年間の遺物」「現場と現実にそぐわない過去の遺物」として、反省したのです。
そして、今、ハーバード・ビジネススクールは方針を転換して、
実際、現場に赴き、そこの人々から学んでくる「エリア・スタディーズ」が、大きな流れになってきています(そして、そのエリアの代表例として、津波で被災した宮城県の石巻市雄勝が連続で選ばれています)。
私自身、震災以来、テレビや新聞で出てくる「激励」と言う言葉にとても違和感がありました。なぜなのかなぁ、と思っていたときに、Oさんの前記のつぶやきを聴いたのです。
その違和感が、その時分かりました。
「激励」という言葉のニュアンスは、大統領や司令官、社長など、「現場にいない人」が、現場を「稀」に訪れ、強く奮起を促す時の言葉です。
「リーダー」の言葉であり、決して、「サポーター」のことばではありません。
ちなみに、甲骨文・金石文の、まさに漢字の成り立ちから見てみると、
「激」は白骨を吊るしてこれを打ち据える呪術儀礼。
「励」は崖下などの暗所で毒虫を打つ呪術儀礼。
まさにおどろおどろしく、まがまがしい言葉なんです。
そう言えば、今まで、釜ヶ崎で路上生活者の支援の夜回りしてる時、
センター北シャッター前の毛布の路上生活のおっちゃんの「激励」に行ってきました、なんて言わなかったです。
「激励」という言葉は、夜回りという活動には相応しくない。
「激励」のことばにつきまとう暴力性と差別性は、そんなところに明確に出てきます。
数年前、約一年間、毎週三度、90近い方の、夜々の尿取りパットの交換を続けましたが、
それは「激励」という言葉へ回収されることがない行為が自分もできるようになろうと願ってでした。
人を支える人となりたいものです。
それが、社会を変える一番の近道だと信じています。
【解説】
「激励」のことばにつきまとう暴力性と差別性……
創価学会では選挙の前などになると、幹部が地域に「激励」に入ります。
そういう創価学会の文化に対する、痛烈なアンチテーゼですね。
こういうところが、創価学会の執行部に嫌われたのかも。
友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。
獅子風蓮