獅子風蓮のつぶやきブログ

創価を卒業し、組織にしばられず、いろいろ考えたりしたことや、読書感想などを書いています。

友岡雅弥さんの「異者の旗」その41)「本生譚」とは

友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」より

いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。

 


カテゴリー: WAVE MY FREAK FLAG HIGH

ギターの歴史を変えたジミ・ヘンドリクス作曲の“If 6 was 9”の歌詞の中に出てくる言葉をヒントにしています。
(中略)
この曲は、そういう「違う生き方」を象徴する曲とされています。「異者の旗を振ろう」という意味ですね。
このタイトルのもとで、繁栄のなかの息苦しさを突破する「違う生き方」の可能性、また3.11以降の社会のありようを考える哲学的、宗教的なエセーを綴ろうと思っています。

 

freak41-「過去世の仏」は「今の私」

2018年7月26日 投稿
友岡雅弥

 


「本生譚」というのがあります。「本生」は、「ほんじょう」と読みます。「譚」は別に仏教だけではなくて、昔話などの分類に使われる言葉ですね。単に、「話」ぐらいの意味です。

「本生譚」は、仏の、過去世の姿を語ったものです。

誤解のないように、より詳しく言いますと、「仏の過去世の姿になぞらえて、仏教の理念を分かりやすく説いたもの」ということです。

雪山童子手塚治虫の『ブッダ』に出てくる身を捨てた兎の話とかがこれです。

ゴータマ・ブッダが亡くなってから、三、四百年あとから、数世紀の間、このような本生譚がたくさん書かれます。数百あります。

もちろん、何か、統一的な意図のもとで、書かれたものではないので、玉石混交であり、「これって、ゴータマ・ブッダの神格化?」というようなものもありますが、

注目すべきは、菩薩のあり方(つまり、ゴータマ・ブッダはこのような修行をして、あのような仏となった、ということですから、ゴータマ・ブッダの過去世の話は、ゴータマ・ブッダの菩薩行としての話なわけです)を述べているものが、かなりたくさんあり、おそらく大乗菩薩道思想の母胎の一つとなったのではないか、と想定されます。

しかも、その多くが「布施波羅蜜」に関するものです。「波羅蜜」というのは、サンスクリットPāramitāパーリ語では、 Pāramī)の音写(音を漢字に写したもの)で、「方途」「メソッド」「方法」というような意味です。
「布施」は、「与えること」、サンスクリットでは、 dānaといいます。ここから、檀那→旦那と言う言葉が出来て、誤用されていくわけですが。

具体的には、困っている人に、衣食住を提供することです。

また、それだけでは、「支援する=支援される」ことの固定になるので、その人の話に耳を傾け、悩みを解きほぐすことも、 dānapāramitā に含まれます。

これが布施です。日本では、坊さんに「さしあげる金品」が「布施」で、夫が「旦那」になってますが、日本の社会での「上下関係の温存」が見てとれる、完全なもとの意味からすれば、逸脱ですね。


ここまで言うと、お分かりのように、「本生譚」は、決して、「仏の過去世の話」を言いたかったのではありません。「今、私がすべきこと」を言いたいのです。
前世の話というのは、「過去世の業」みたいなオカルト話ではなく、仏になるために、私が今なすべきことを明示した話なのです。

もう一つ、仏の「本生譚」の意義があります。

今、私のすぐ横にいるホームレスは、如来の修行中の姿かもしれない、ということです。

つまり、それは、差別を乗り越える原理なのです。

 

 



解説

釈迦の「本生譚」は、本来の仏教とは無縁の釈迦の神格化のためのファンタジーと思っていましたが、このような積極的な捉え方もあるのですね。

勉強になりました。


友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。

 


獅子風蓮