最初のころ、私は乙骨正生氏の著書「怪死……」を読んで、女性市議転落に創価学会がかかわっているという疑惑があることを知りました。
このブログでも連載しました。
しかし、別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)でも書きましたが、宇留嶋氏のブログと著書を読み、考えを改めました。
そこで、この本を紹介したいと思います。
宇留嶋瑞郎(うるしま・よしろう)
『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』
ユニコン企画・発行
長崎出版株式会社・発売
(1998.03)

目次
第一章 当選返上
□市選管の当惑
□自治省も「仕方ない」
□「草の根」批判が相次ぐ
■「許さない会」が結成される
□選挙会が二度流会に
□抜き打ち的な「繰り上げ当選決定」
第二章 矢野という「草の根」の来歴
第三章 万引き事件発生
第四章 錯誤と悲痛
第五章 転落死と空白の2時間
第六章 小さな正義
第七章 捜査終結から逆転判決へ
あとがき
第一章 当選返上
「許さない会」が結成される
ちょっとした騒動もあった。このとき、明代は集会の模様を録音しようとカセットテープレコーダーを回していた。これに怒った参加者の一人が、激しくテープレコーダーを床にたたきつけ、明代に退場するよう迫ったのである。もちろんテープレコーダーが壊れたことで、「草の根」はわざわざ東村山署に器物損壊で訴え出た。その後、当事者が「草の根」に謝罪し、新品のカセットレコーダーを弁償しようとしたが、これが明代の使っていたものとは違う製品だったことで「草の根」は受け取りを拒否、あくまで同一製品を要求したものである。市民も暴走したこの件は最終的に市民側が同一製品を弁償することでようやく決着した。
そんな騒動はあったが、5月2日の集会で、市民たちはその後の議席譲渡反対運動を進めていく上で画期的ともいえる大きな収穫を得た。集まった市民の中から、超党派的に「草の根グループの議席の私物化を許さない会」(以下、「許さない会」)が結成されたのである。それは東村山自民党の青年部副幹事長を務めていた安藤智文、社会党候補の選挙立会人であり、4月28日の選挙会でも「草の根」の行為を厳しく批判していた熊谷清治、前の市長選に立候補した上幸雄、福祉に関する市民活動に携わってきた成田豊太、関本正一、環境問題などをはじめとするさまざまな市民活動に取り組んでいる青木泰、山田敬子、北島克比古、創価学会員の半貫三郎、竹澤正明らである。
当初はそれぞれの立場からただ常識で議席譲渡を批判していた市民たちが自らも勉強するひとつの運動体として結束したことは、繰り上げ当選がすんなり決まると楽観していた「草の根」にとって大きな誤算だったに違いない。「草の根」は議会の外にも、新しく学びはじめた強力な敵対勢力を抱えることになったのである。同日、心を新たにした「許さない会」は、細淵一男東村山市長らに決意表明書を手渡して超党派の市民運動体としてその一歩を踏み出し、その後、2年半以上にわたって「草の根」と厳しく対峙していくことになる。一方、この日夜、東村山市選管は第2回目の選挙会を5月11日に開くことを決めた。
「許さない会」が本格的な活動を開始したのは5月8日である。この日、「許さない会」は市選管に対し、朝木直子の当選失効決定取り消しを求め、次のような内容の異議申し立て書を提出する。
「朝木直子氏の当選辞退は同一政治グループ内の議席譲渡を目的としており、地方公共団体の議員は住民が直接これを選挙すると定めた憲法93条に違反するほか、市選管は朝木直子氏の当選失効決定に際して公選法における住所の事実確認を怠り、住民票による抹消確認をしたのみである。したがって、この決定は違法である」
――これに対し、朝木明代はただこうコメントした。
「事実としても引っ越している。根拠のないでたらめを基にした異議申し立てをするのは名誉棄損だ」(95年5月9日付「読売」)
頭からの論議拒否。そして高圧的言辞。仮にも高齢者ら市民の代表、それも2期連続してトップ当選した市議の言葉とは思えなかった。すでに激越化した「草の根」の思いがどうあれ、議席譲渡問題はともかくとして、少なくとも住所移転は事実問題である。これに市民が疑義を表明したのなら、少なくとも4月26日に引っ越しを行った具体的な状況、あるいはその後の松戸での生活状況について説明すればすむ話だった。彼女自身、世をすねた隠者ではなく、すでに顔をさらした議員なのだ。にもかかわらず、明代は名誉棄損という威圧的な言葉で「許さない会」の異議申し立てを敵意もあらわに非難した。おそらく、「草の根」には具体的な説明ができない理由があったのだろう。明代が「名誉棄損だ」とコメントした翌日の5月9日、娘の朝木直子は最初の住所移転先である「千葉県松戸市紙敷673―7」から、なぜか「松戸市松戸1164-1」への転居届を出している。最初の移転からわずか2週間足らずでの二度目の移転の背景――。それは何だったのか。
5月11日の第2回選挙会をひかえ、「許さない会」は5月10日にも、市民スポーツセンターで2度目の市民集会を開催。この日の集会には各会派から市議数名も参加し、市議会としても党派を超えて「草の根」の議席譲渡に反対していくことを市民に伝えた。このあと、6人の開票立会人が記者会見し、11日の選挙会で矢野穂積の繰り上げ当選が決定された場合、市選管へ提出する選挙会録への署名を拒否するとの意向を表明するとともに、「今回の問題は政治グループ内の判断によって当選人を入れ替えるもので、民意ではない。選挙史上前例のないもので、やはり専門家などの検証が必要。それなしに選管が繰り上げ当選の手続きを取ることは断じて認めない」とする共同声明を発表した。一方、これに対して「草の根」は、「公選法は、当選失格者が出た場合、選挙会で繰り上げ当選者を決めると義務づけており、声明を出した立会人の行為は違法。刑事告発も考える」(95年5月11日付「読売」)と、ここでも最後は法的手段に出ることのみをにおわせ、市民の疑問に対してけっして正面から応じようとはしなかった。もちろん、こうした「草の根」の姿勢は、マスコミに対してもすでに同様で、矢野穂積は議席譲渡をめぐって批判的な記事を書いた社に対してのみ論旨を抜きにした執拗な抗議を行ったという。
【解説】
これに対し、朝木明代はただこうコメントした。
「事実としても引っ越している。根拠のないでたらめを基にした異議申し立てをするのは名誉棄損だ」(95年5月9日付「読売」)
頭からの論議拒否。そして高圧的言辞。仮にも高齢者ら市民の代表、それも2期連続してトップ当選した市議の言葉とは思えなかった。すでに激越化した「草の根」の思いがどうあれ、議席譲渡問題はともかくとして、少なくとも住所移転は事実問題である。これに市民が疑義を表明したのなら、少なくとも4月26日に引っ越しを行った具体的な状況、あるいはその後の松戸での生活状況について説明すればすむ話だった。彼女自身、世をすねた隠者ではなく、すでに顔をさらした議員なのだ。にもかかわらず、明代は名誉棄損という威圧的な言葉で「許さない会」の異議申し立てを敵意もあらわに非難した。おそらく、「草の根」には具体的な説明ができない理由があったのだろう。
本来、誠実で高齢者問題に取り組んでいた朝木明代氏が、こういう反応をしたのには、やはり「草の根」内の作為的なやり方に無理があったからだと思います。
矢野穂積氏の戦略に付き合わされた朝木親子の悲劇ともいうべきでしょうか。
獅子風蓮