最初のころ、私は乙骨正生氏の著書「怪死……」を読んで、女性市議転落に創価学会がかかわっているという疑惑があることを知りました。
このブログでも連載しました。
しかし、別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)でも書きましたが、宇留嶋氏のブログと著書を読み、考えを改めました。
そこで、この本を紹介したいと思います。

宇留嶋瑞郎(うるしま・よしろう)
『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』
ユニコン企画・発行
長崎出版株式会社・発売
(1998.03)
目次
第一章 当選返上
第二章 矢野という「草の根」の来歴
第三章 万引き事件発生
第四章 錯誤と悲痛
第五章 転落死と空白の2時間
□朝木明代が行方不明?
□他殺の材料は発見されず
□警察は事件性薄いと判断
□矢野の涙声の意味
■一気に過熱した一部マスコミ
□自殺説を否定するために
□直子はついに現れず
第六章 小さな正義
第七章 捜査終結から逆転判決へ
あとがき
第五章 転落死と空白の2時間
一気に過熱した一部マスコミ
朝木明代の葬儀が終わり、1週間たっても10日たっても、「弁護士に相談してから」というのみで遺族はなかなか警察へ事情説明には来なかった。いくら明代と常に行動をともにしていたとはいえ、精神的ショックは肉親ほどではないと思われた矢野穂積も、「忙しい」「議会があるから」などと言い訳をし、警察に寄りつきもしなかった。
その代わりに、週刊誌を中心とした一部マスコミの他殺疑惑報道だけが一気に過熱していった。
〈東村山女性市議「転落死」で一気に噴き出た「創価学会」疑惑〉(『週刊新潮』95年9月14日号)
〈反創価学会女性市議の「怪死」〉(『週刊文春』95年9月14日号)
〈反創価学会“闘士”に次々、奇っ怪事件が〉(『週刊ポスト』9月22日号=段勲)
〈朝木さん転落死8つのナゾ〉(95年9月8日付『夕刊フジ』)
〈自殺? 他殺? ナゾ呼ぶこれだけの背景〉(95年9月9日付『同』)
〈反創価学会の“闘士”女性市議が異常な「転落死」〉(『週刊宝石』)――。
そしてこれらの疑惑報道の極め付きともいえたのが『週刊現代』9月23日号だった。タイトルは
〈夫と娘が激白!「明代は創価学会に殺された」〉。
――カッコつきなのは夫と娘の話であるという意味であるものの、これこそ週刊誌がうたいたかった本音のタイトルだったのだろうと、市議会の一部、警察、創価学会(学会員)などは考えている。あまりにも現実無視であるからだ。その中で夫、朝木大統と直子は次のように語っていた。
〈「創価学会はオウムと同じ。まず汚名を着せてレッテルを貼り、社会的評価を落とす。そして、その人物が精神的に追い込まれて自殺したようにみせて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました。母は生前『私ぐらいの市民グループレベルの人間だと殺りやすいわよね』といっていました」(直子)
「妻が自殺するはずがありません。創価学会に殺されたんですよ。……妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです。だとすれば、まるでオウムのような犯罪じゃないですか」(大統)〉
そして、なんとこの週刊誌は、右の遺族の心情だけで、東村山警察の捜査についても「いい加減な警察の初動捜査」の見出しで自らの調査はない根拠のない疑問を投げかけた。
〈朝木さんの遺体は靴をはいていなかった。このことだけでは不思議なことではないが、朝木さんがはいていた靴は自宅にも事務所にもなく、まだ発見されていない。同様に朝木さんが持ち歩いていた事務所の鍵も、未発見。何者かが持ち去ってしまったのだろうか。
いずれにせよ、これだけの不可解な状況にもかかわらず早々と自殺と断定してしまう警察は、あまりにも怠慢なのではないか。……東村山署は本誌の取材にいっさい拒否。こちらの質問に一言も答えようとしない〉
日本の警察・司法のシステムに、市民や各種組織がどんな告発・訴えをしようと、あらかじめ訴え自体を同システムが判断して、訴えを逆に無根拠と断定したり、逆に無法の告発や訴えに対しては被告に代わって代弁したり、制裁する措置のないことを週刊誌は知らないのだろう(告訴立件制)。したがって、訴えが出されないかぎり、警察は却下も起訴もできないので、こういう対立を前提するケースの場合、警察はたとえわが身の白日を証明するためであっても、予断を導く途中判断はマスコミにも示せない(警察権示威禁止)のだということも、彼らは知らないのだろう。ちなみにこの『週刊現代』が発売されたのは9月11日。翌日、創価学会では〈虚偽発言を何の検証もないまま……執筆掲載したものであり、朝木父娘の発言は〈全く事実無根の虚構〉、〈悪質な誹謗中傷〉であるとして、『週刊現代』編集長元木昌彦と朝木大統、朝木直子の3人を名誉棄損で告訴している。しかし、翌日、『日刊ゲンダイ』(9月14日付)は〈東村山市の朝木市議の突然死への重大な疑惑 あれはオウムとそっくりの巧妙な殺され方〉との便乗記事でこれまでの記事傾向をあと押し、創価学会に対する疑惑ムードは読む側の“人情”の中では消しがたいものになりつつあった。私は、マスコミ間が連携した得意の情報の拡大再生産などというつもりはひとつもない。むしろ、マスコミはあまりにも法的に盲目なのではないか。『週刊現代』編集長元木昌彦は、まさか矢野に手玉に取られているとは思いもしなかった。
学会から告訴された『週刊現代』はだからさっそく翌週号で反撃。タイトルは〈東村山市議「変死事件」の深まる謎と創価学会の「言論弾圧」〉
ここではまた、創価学会が告訴という手段で法社会の段どりに従おうとすることを、逆に言論を封殺するものだと批判し、改めて事件の“疑惑部分”なるものについて詳述していた。
矢野が文化放送でいった薬物による拉致説は、遺体から薬物反応が検出されなかったため、さすがの『週刊現代』もついていかなかった。にもかかわらず、他の部分について同誌が大きな謎として挙げたのは次の諸点、つまり矢野の言辞のままだった。
〈①遺書が残されておらず、事務所は明かりがついたままでクーラーもつけっ放し。ワープロに電源が入っており、朝木さんは事件翌々日の反創価学会シンポジウムで使うレジュメを作成する途中だった。
②警察は、自殺とほぼ断定した理由として遺体の状態を各記者に説明。足を骨折していたと発表したのだが、本誌が遺体を検案した監察医に取材したところ、「足は骨折していなかった」との証言を得た。警察と監察医の証言が違う理由は何なのか。
③朝木さんの遺体は靴をはいていなかったが、ふだん朝木さんがはいていた靴は自宅にも事務所にもなく、未発見。何者かが持ち去ってしまったのだろうか〉
読者にはいま、日本のマスコミのある部分がどんな状況なのか見えるのではないだろうか。ひるがえって警察側を見ると、発見されていない靴については、このころすでに警察にはひとつの情報が寄せられていた。つまり「草の根」事務所では、昔喫茶店だった名残で、一階は椅子やテーブル置場、二階を事務所として使用しているという。二階には靴を脱いで上がるのだが、 明代の転落死情報を聞きつけて「草の根」事務所を訪ねたある記者が、女性ものの靴が脱ぎ散らかした状態のままになっているのを目撃していた。すなわち明代は転落死の直前に靴を脱いだのではなく、たんにはかなかった、あるいは靴をはく余裕もないまま事務所を飛び出したのかもしれなかった。
しかし、矢野は警察をけっして事務所に入れようとせず、遺族もまた自宅に入れようとはしなかった。欧米並みに論理として固くいえば、これは善意の捜査妨害、捜査の無視というよりなく、そのまま警察が帰れば今度は警察が指弾される。しかし、このときはこのため、警察は記者の見たという靴が明代のものだったのかどうか、あるいは転落死当日明代がはいていた靴が自宅にあるのかどうかも確認することはできなかった。
また『週刊現代』がその前週号で問題にした鍵は、この時点ですでに発見されていた。
鍵が発見されたのは、警察が警察犬を動員して捜索した9月2日夕方。現場マンション二階の焼肉屋店員がマンション敷地内で拾ったのだった。もとより現場はそれ以前、警察犬を動員してくまなく捜索している。つまり、あとから鍵が出てきたということは、何者かが現場にやってきて置いていったということを意味していた。そして一応の調べを終えた警察が、鍵が見つかったことを遺族に連絡したのは明代の初七日が終わった9月11日。
とはいえ、この日発売された『週刊現代』でも、直子は発見されてから1週間も連絡がこなかったのはおかしいなどと騒いだものだった。一方、あとから発見された鍵について、警察はどうみていたか。
千葉は捜査の本筋に影響を与えるものではない、むしろ何者かによる捜査の攪乱ではないかとさえみていた。
鍵は何者かが、現場検証のあとに置いていったものであることは間違いない。では、明代の転落死が殺人であるとすれば、現場検証をしたその日、マスコミがまだ騒然としているときに、犯人がわざわざ鍵を置きに現場に戻ってくるかといえば、そんなことはまず考えられない。とすると事後、誰かがその鍵を発見場所に置いた、あるいは投げたとなるが、それは誰か。遺族らのマスコミへの訴えどおり、その誰かが明代を殺した犯人なら、犯人はなぜ再度現場に近づく危険をあえて冒したのか。千葉が、捜査攪乱とみたのはそういう事情だし、事実、捜査攪乱ならその攪乱で利益を得るのは、なにも事件であったときの“犯人側”ばかりでなく、さまざまに主観を述べてきた遺族、矢野側でも可能性としてはありえたのだった。
警察は、そう疑っているのではなかった。しかし、矢野・遺族側にしろ、鍵がないと騒いでいるのなら、警察から連絡があったその日に、取りに来てもいいはずではないか。9月11日、警察は「急いで取りにきてください。夜まで待っています」と直子に伝えた。ところが、11日中には遺族はとうとう取りに来ず、ようやく翌日になって直子から電話が入る。直子は「14日に取りに行きます」というのである。14日、遺族はようやく鍵を受け取りに来た。弁護士を先頭に、矢野を含めて総勢5、6名というものものしさだった。そして、そのうちの一人がわざわざ白い手袋をはめ、鍵を慎重に取り上げたという。警察が家族に鍵を返すといった時点ですでに指紋ぐらいは取り終わっている。傍目にもバカバカしい演技というほかなかった。もはやどうでもいい部類だが、彼らがいつまでも鍵を受け取りに来なかったのは、弁護士とスケジュールを調整していたのだろう。マスコミに対して鍵がない、靴がない、他殺だと騒ぎながら、警察に対してはいっこうに事情を説明しようとしない矢野や遺族らの態度はどう見ても不自然だったのだ。さらに、『週刊現代』では、足の骨折について警察医に改めて取材したとして次のような証言を得たと記す。
〈「飛び降り自殺の場合、ほとんどが頭から落ちています。だから、飛び降り自殺の死因は頭蓋骨骨折とか脳挫傷が多い。朝木さんの死因は、肋骨が折れて肺に刺さり、出血したためのショッ ク死。顔はきれいでしたし、(警察が発表したような)足の骨折もありませんでした」〉
【解説】
朝木明代の葬儀が終わり、1週間たっても10日たっても、「弁護士に相談してから」というのみで遺族はなかなか警察へ事情説明には来なかった。いくら明代と常に行動をともにしていたとはいえ、精神的ショックは肉親ほどではないと思われた矢野穂積も、「忙しい」「議会があるから」などと言い訳をし、警察に寄りつきもしなかった。
その代わりに、週刊誌を中心とした一部マスコミの他殺疑惑報道だけが一気に過熱していった。
いかにも不自然な態度ですね。
獅子風蓮